去り際、残り香の男

 昨日、外出先で昼食を食べていたところ、先客が帰り際に「美味かった。東京に出てきて5ヶ月経つけどイチバン美味かった。そばも汁も、カレーも美味いわ。また来るわ」と早口で言って帰った。別の客がその様を見て、笑いながら「カレーもなんだ」と言っていた。その店は一応蕎麦屋だから。

 たぶん関西出身と思われる口調だったのだが、このザ・東京の蕎麦屋然とした店のそばを気にいるとは意外だった。僕ももちろん好きで食べに来ているわけだが、それは安くて美味いからだ。もっと贅沢したい気分の時は来ないし、毎日通っているわけでもない。大声で「美味い!」とも言わない。

 気持ちはわかる。ここからは想像だが、クオリティを横に並べた場合のコスパを比べた満足感なんだと思う。この味とボリュームでこの価格なら嬉しい。しかも、地元を離れて出てきた街で安心できる店に出会えると、それだけで感動してしまうのかもしれない。そんな魂の叫びを聞けて良かった。

 その時、僕はそこでチキンライスを食べていた。サービスメニューが店頭に掲げてあり、その黒板に書かれていたのが「蕎麦屋が作るチキンライスとたぬきそば(又はうどん)」だった。そばと言いながらうどんも出すのだが、こういうスタンド蕎麦屋的な小範囲のチェーン店にこだわりはないようだ。でも、ナメられたくないからそばを頼む。

 僕の中では「そば>うどん」という不等式が成り立つ。うどんの方が幼く、そばの方が高尚という考え方だ。自分がなかなかそばを楽しめなかったので、麺類としてとっつき難い存在になってしまった。その距離感が翻ってそばを高みに置いてしまった。堂々とうどんの方が好きと言えば良いのに。

 そんな肩肘張った気分にならないのがスタンド蕎麦や駅蕎麦だ。昨日の店もその類いの構えなのだが、座席があるのでスタンドではない。気安い店だが、やはりそばを頼んだ。迷わず、当たり前にそばを選んだ。今は、うどんそばの不等式は成り立たない。食べたい物を食べたい時に食べるだけだ。