友達になりました

 数年前に読んだ燃え殻という作家の「ボクたちはみんな大人になれたなかった」という小説は〈最愛のブスに“友達リクエストが送信されました”〉という第1章からはじまる素敵な物語だ。作者の私小説のようなリアリティがあるが、実際のところは知らない。ただ、同世代の話なので共感できる。

 フェイスブックを使うようになって10年近く経つ。最初はとりあえずアカウントを取っただけで、使い道もよくわからず放置していた。そのうち友達申請が増えて、周りの人の投稿を見ているうちに自分も投稿するようになった。くだらない日常だが、写真付きでアップすると記事っぽく見える。

 エスエヌエスの使い方としては非常に野暮ったいと思う。あまり拡散してほしいような内容でもないが、当然ながら一般人の投稿なので限られた範囲にしか届かない。全然それでいいが、誰も見ていなければ投稿する必要がない。〈いいね〉を欲しがるわけではないが、ひとつの指標にはしている。

 疎遠になっている遠くの友達に届けばいいなとは思っている。そいつらからの反応があれば嬉しい。そういう相手からは反応が帰ってこないものだが、それでも懲りずにチョコチョコと投稿してみる。濃い味のラーメンを食べたとか、ビールと一緒に美味い料理を食べ過ぎたとかの報告ばかりだが。

 冒頭に引用した燃え殻氏の小説のような女性がらみの浮ついたエピソードはない。いや、小説のそのエピソード自体は浮ついていないのだが、僕自身には浮ついた出会いのキッカケのような出来事が起こってほしいと思っている。古い知り合いから申請が来て、トントン拍子にお近づきになるとか。

 先日、知らない名前の女性から友達申請が来た。よくよく確認したら中学の同級生のようだ。共通の友達でだいたいの想像はつく。承認してしばらくすると、律儀にダイレクトメッセージが送られて来た。その人は幼なじみだった。これは浮ついたエピソードではないが、ちょっとだけ嬉しかった。

f:id:SUZICOM:20210307200938j:plain

僕が子供の頃の近所というと、こんな錆びたトタンの工場ばかりだった。

残り香が彼のメッセージ

 以前、俳優の沢村一樹さんが加齢臭のことを「ダンディ・フレーバー」と言い換えていた。悪くない表現だと思ったが、加齢臭を発する人間が必ずしもダンディとは限らないとも思った。ダンディを定義する要素は、ただ大人の男であれば良いと言うわけではないような気がする。個人の見解です。

 僕のイメージではスタイリッシュな大人の男でなければいけない。そしてタフな男でなければいけない。僕のように日常の些事に一喜一憂しているような豆腐メンタル男は論外だ。念のため多様性への配慮として注釈をつけておくと、ここではダンディに関して男性性に限定して記させていただく。

 冒頭の加齢臭の話ではないが、僕がダンディという言葉を聞いて思い出す人間はただひとり。前の職場で一緒に働いていた営業の先輩だ。その人はスタイルを持っていた。一度会ったら絶対に忘れられない強烈な個性をスタイルとして持っていた。人間性ではなく、それは外見と香水によるものだ。

 外見に関しては詳細は省くが、とても個性的な髪型をしている。それだけで十分に印象的なのだが、さらに強く香るのが香水だ。ジバンシイのウルトラマリンという銘柄だそうだが、そのとき初めて香水の銘柄を覚えてしまった。昨年の流行歌ではないが、街であの香りが漂ったら思い出すだろう。

 営業マンは「顔を覚えられてナンボ」みたいなことをよく聞く。そのためにセルフプロデュースして、顧客に自分を売り込むのだ。そうやって独自のスタイルを確立させていく。ウルトラマリンの先輩は、そういう営業マンの象徴的な存在だ。僕が恥ずかしくてできないことを全部やっているのだ。

 思い返すとあの人はダンディだったなぁと思う。自分で自分をダンディとしてセルフプロデュースしていたフシがある。メールアドレスの一部にもダンディというワードを用いていた。隙がない。スタイリッシュな人間はトータルコーディネイトされている。今でもどこかでダンディでいてほしい。

f:id:SUZICOM:20210306100331j:plain

あのダンディは東京の東側の生まれで、下町が似合う酒好きの男だった。

荒くれ大反省会

 昨日、帰りのバスの中でずっと電話している女性がいて、心の中で「うるせえなぁ」と思っていたら、そのままの文言が口からもれた。そのバスに乗る際、入口で彼氏と別れ際の名残惜しタイムを満喫していた人間がいて、その際も「邪魔だよ」と声かけた。同じ人に2度苦言を呈したことになる。

 普段は他人に直接文句を言うことはない。言うべきことを我慢するのは良くないけれど、不愉快なことに首を突っ込んでも余計に嫌な思いをするだけなのだ。揉め事を避けるのは、快適な生活を送りたい僕の信条だ。全然恥ずかしいと思わない。むしろ、首を突っ込んじゃった時の方が恥ずかしい。

 ちなみに僕の「うるせえなぁ」という声は結構ハッキリと響いた。それが相手に刺さったかは定かではないが、その後も彼女の電話は終わることはなかった。聞こえていて話し続けているのなら、それは喧嘩を売っていることになる。こちらの方が正しいことを言ったとはいえ、喧嘩はしたくない。

 結局は何もなかったのだが、今になって自己嫌悪のようなものに苛まれている。若者のイチャイチャに横やりを入れる嫌なジジイ、昨日の僕の姿は周りからはそう映っただろう。バスの乗客の総意として電話での話し声を注意したわけではない。やはり、バスに乗る時の嫌な感じが残っていたのだ。

 バスに乗るのを邪魔された腹いせに文句を言ってやった、と言うわけではない。ただ、その時の小さな不快感が心にわだかまりを残しており、ほとんど条件反射のように電話の声に文句を言ったのだ。しかも、よく思い返してみると、その電話をしていた人間んが先ほどのカップルかは自信がない。

 そういえば一度も顔を見ていないのだ。向こうも暗い車内で、背の高い中年の見た目など見ていないだろう。誰に文句を言われたのかも分からないかもしれない。僕が気に病むことではない。このことで僕が心に留めておくことは、変なところで荒くれた言葉をもらすと後悔するということである。

f:id:SUZICOM:20210305203722j:plain

反省ザルじゃないけれど、勇ましい言葉を吐くのは勇気ではないと反省中。

俺たちのプレイグラウンド

 誰でも自分のナワバリというか、居場所を持っていると思う。具体的な場所じゃなくても、草野球だとか、趣味での会合が居心地が良いということも含まれるだろう。僕の父親を見ていると、おそらくソフトボールが居心地が良いようだし、たまに行くヘラブナ釣りも自分だけの領域なんだと思う。

 僕のようにいい歳をして実家者の独身男は、家に居心地のいい居場所なんてあってはいけないと思う。でも居心地は悪くないし、リモートワークで前にも増して家にいる時間は長い。それでも外に居場所がある。いくつかの酒場がそれだ。緊急避難所のようなものと言いつつ頻繁に顔を出している。

 子供の頃は学校と家がすべてだった。たまに友達の家に遊びに行くこともあるが、それは他人の家なので自分の居場所はない。それが、少年野球を始めた頃から、外にも居場所ができる。野球のグラウンドは、練習の日以外は遊び放題だ。雑な空き地よりも整備されているので比較的安全でもある。

 それでも僕らは、雑な空き地で遊ぶのをやめなかった。雑な空き地は僕らのもうひとつの学校だ。いろんなことを教えてくれる。その頃の僕らは雑な空き地のことを〈草むら〉と呼んでいた。僕の生まれ育った地域は草むらがそこら中にあった。それらは、何かを建設する前の寝ている土地だった。

 ほとんどの草むらは、敷地の手前に資材置き場のような一画があり、奥には雑草が生い茂った適当な空き地があった。そこには捨てられたスクラップ寸前のクルマや、サビまみれの廃材などが捨て置かれていた。雑草で視界が悪いせいで危ないのだが、子供の好奇心はそんな危険を面白がるものだ。

 いわゆる秘密基地というのを最初に作ったのは、その草むらに捨てられたクルマの中だった。近所の捨て猫をこっそり飼おうとしてそこに置いておき、餌をあげようと次の日に行ったら息絶えていた。可哀想というよりも「早くね?」と思ったものだ。愛着が湧く以前の不幸なので悲しめなかった。

f:id:SUZICOM:20210304115113j:plain

猫を飼ったことはないが、住むのはいつも野良猫の多いエリアだ。

ハンドメイドで安全地帯

 ラグビー部の寮で生活していた頃、同室の同級生と険悪になりかけたことがある。もともと短気な男だったのだが、たまに軽く怒らせながらも総じて仲良くやってきたと思う。僕は適当な性格なので、比較的キッチリしている同居人に叱られることが多かったと思う。そんなある日の出来事である。

 その日の同居人は機嫌が悪かったのだが、そんなことは知らずに寮の当番で食事の支度と後片付けに入っていた。同居人も同じ当番だったのだが、僕の所作に最初は注意をしていたが、そのうち何も話さなくなった。ヘソを曲げてしまったらしい。こういう局面には慣れていないので面倒に感じた。

 でも、こういう些細なことで同級生と険悪になると、卒業するまでずっと話さないなんて悲しい思い出になってしまうことがある。中学・高校と過ごしてきて、何人かと無意味な不機嫌で疎遠になったまま話さずに卒業してしまっている。その頃よりは成長したと思うのでシッカリ話し合ってみた。

 たぶん一時的な不機嫌なので、次の日になれば元に戻っている可能性もあった。でも、過去の疎遠になった連中の顔が浮かんできたので、部屋に戻ると同居人に対して「何か言いたいことがあるよな」と詰め寄ってみたのだ。多少は怒られても良いと思って話したが、そんな感じにはならなかった。

 ただ「トロいねん」と京都弁で言われたくらいだ。結局はいつもの調子だ。本当にちょっと機嫌が悪くて当たっただけのようだ。それ以降はそういうこともなくなった。でも、今思い返してみても自分の行動とは思えない律儀さがあるのだ。あの頃が僕の生涯で最も純粋で正義だったかもしれない。

 僕としては、ラグビー部の練習がこの世で何よりもハードで厳しい世界だった。そのツラさを癒してくれるのが、寮での日常だ。本当にヘトヘトで遊ぶのも惜しいくらい寝て起きての繰り返しだったが、その部屋では完全に気を抜きたかった。だから、同居人と険悪になっている場合ではないのだ。

クラフトマン魂なき中年

 昨日、仕事の連絡待ちで時間が空いてしまい、持て余した挙句、ちょっと前にもらったペーパークラフトを作ってみることにした。ずっと作らないで放置していたのは、妹の子供にでもあげようかと思っていたからだ。でも、クラフトするのが横浜スタジアムなので、あまり興味なさそうではある。

 で、いざ作り始めると、想像以上にパーツが多くて面倒だった。1枚だけだと思っていた台紙は、折り畳まれたA3が2枚入っていた。これは時間を埋めるのにはちょうど良いボリュームだと思って、気合いを入れて作りはじめた。細かい作業に没頭するのは時間を忘れるのにはもってこいなのだ。

 ハサミもノリも使わないので手軽でサクサク進むのは良いのだが、細かい部分の精度はイマイチだ。ひとつひとつのパーツをもっと丁寧に折りたためば良いのかもしれないが、僕はどんな作業もスピード重視になってしまう。途中で「仕上がりには期待できない」と諦めながら作業を進めていった。

 最後に球場周辺の照明を各所に差し込んで仕上がりなのだが、その照明を作っているところで客先から連絡が入った。仕事の方も最終の仕上げ段階の連絡だったので、クラフトの手を休めて業務に集中した。電話で指示された通りに修正して完了。その段階でクラフトのことは頭から消失していた。

 すっかりクラフトへの情熱を失ったとはいえ、作りかけの紙くずを放置しておくわけにもいかないので作り上げた。最初からわかっていたことだが、それは横浜スタジアムジオラマだ。まったく必要がないものだ。作る前はあんなにスマートだった包装も、出来上がってしまうとジャマな立体だ。

 作り終わった時に、子供の頃の記憶がうっすら蘇った。僕の子供時代といえばガンプラ全盛期だ。僕も熱中して作ったはずなのだが、作った後のことはあまり覚えていない。目的が作ることだけで、仕上がったプラモには興味がなかったのだ。この感覚は今でも変わらず、クラフトも仕事も同じだ。

f:id:SUZICOM:20210302201730j:plain

打ち捨てられたクラシックカーも、かつては誰かの情熱の対象物だったはず。

記録にも記憶にも残らない男

 数年前に中学校の同窓会があり、卒業以来はじめて参加してみた。そこで会う人間は全員久しぶりだ。だから最初は誰が誰だか分からない。でも、面影がまったく変わらない人間というのはいるものだ。まず、そういう分かりやすい人間に声をかけたところ、逆に僕が「誰?」と言われてしまった。

 自分のことは分からないものだ。もしかしたら名乗ったところで思い出せないかもしれないとは思ったが、一応名前を言って、そのあと彼が僕を思い出したかは聞かないでいた。慣れてくるとだんだん思い出すらしく、僕も声をかけられるようになった。ただ、仲の良かった面々は誰も来ていない。

 その場には当時の担任が数人来ていた。僕は陸上部だったのだが、当時の陸上部の顧問も来ていた。この顧問のことは苦手なのだが、かと言って挨拶しないのも大人気ない。数人の女子に囲まれて話しているのを横目で確認しつつ、頃合いを見計らって話しかけようと思っていたが、全然空かない。

 この人はバキバキの体育教師で、今でもシュッとしている。体型は当時とほとんど変わっていないが、当然ながら性格も当時のままだ。印象としては硬派っぽいのだが、いつも周りには女子生徒しかおらず、男子生徒からは人気がない。だからと言って、こちらから歩み寄っても心を開かないのだ。

 当時、卒業式が終わり顧問に挨拶しようと職員室の方に向かうと、あの時もアイツは女子生徒に囲まれていた。僕は背が高いので周囲の人間の上から頭ひとつ抜けて見えているはずだ。そこで一瞬目が合ったかなと思ったにも関わらず、目を逸らされてしまった。それ以来30年ぶりの対決である。

 この同窓会の時は、さすがに多少は話せるかなと思っていた。でも、何を話したかは覚えていない。声はかけたつもりだが、その言葉が耳をスルーして行く様が見えるような反応だった。僕が苦手だと思っていたくらいだから、向こうも僕を苦手なのかもしれない。それ以前に覚えていないのかも。

f:id:SUZICOM:20210301154103j:plain

次の同窓会は2年後だそうだが、その時は50歳になっているという恐怖。