あの中華屋は開いてるか

 数年前までは仕事でよく北関東の各県に行っていた。群馬、栃木、茨城に何軒かのお客さんがいて、そこに打ち合わせに行く時は必ず現地で昼食をとるのが楽しみだった。埼玉住まいの僕にとってはちょうどいいドライブなので泊まることはなかった。だから、ナイトライフの楽しさは知らないが。

 この中で特に印象に残っているのは、鹿沼の中華屋だ。近所にあったら頻繁に通いたいような気安さと、安いのに美味いという安心の町中華の店だった。なによりも「盛り」の気前の良さが店主の心意気を感じる。学生街の定食屋で見るようなドカ盛りなのだが、その中華屋の近くに学校はなかった。

 何度か通ったおかげで内部情報というか、想像するに足る要素を手に入れた。まず、家族経営であるということ。そして、2人いる女性のどちらが店主の配偶者か分からないという謎を残しているところ。また当初は父親が厨房を切り盛りしていたが、最近になって息子がメインになっていること。

 この息子が、どうやら元高校球児であることは、店内にヒントが散りばめられているのですぐに分かる。栃木の名門校のペナントが貼ってあったりするので、たぶんそこで野球していたのだろう。そんな高校球児に中華屋の親父が大盛り飯を振る舞うかのような感覚が、あの盛りに込められている?

 コロナ禍を機にその方面のお客さんが離れてしまったので、しばらく行ってない。あの店に行くためだけにクルマを走らせたい願望は強いのだが、店で払う金額以上の交通費をかけて行くのは気が引ける。なんとなく「近所の腹減った人らに食わせたい」という店側の強い意志を感じてしまうから。

 よく「あの手の店」などと、似た傾向の店に分類することがある。確かにその中華屋も、むかしは近所にあったような店だと思わなくもない。でも、現在の舌で味わってちゃんと美味いので、どこにでもある類型ではなく鹿沼に行かなければ食べられない美食なのだ。特別な日に食べに行こうかな。

その中華屋の五目焼きそば大盛りは、大ぶりな丼にミチミチに詰まっている。