笑わない天使のスマイル

 学生時代の恥ずかしい思いでは、幾つになっても消えない。僕が大学ラグビー部の寮で暮らしていた頃、日曜の夜だけは寮の食事が出なかったので、各自で食べなければいけなかった。適当な近所の中華屋で済ますことが多かったのだけど、バイトの日当が入った日は豪勢にハンバーガーを食べた。

 ハンバーガーと言っても、いわゆる世界的な大チェーン店なので、豪勢というニュアンスは現代の人には伝わらないかもしれない。僕が学生の頃は、まだハンバーガーが高かったのだ。その後バリューセットという画期的メニューが登場するまでは、大金を積まないと学生の胃袋を満たせなかった。

 そんなハンバーガー屋で、生涯の傷を負うことになる。僕はシェイクが好きだったので、ハンバーガーと共にバニラシェイクを注文しようと思った。その瞬間、魔が刺して「シェイクのレバニラください」とダジャレをかましてしまった。一緒に行った仲間は鼻で笑っていたが、店員はシカトした。

 普通に聞こえなかったのかと思って言い直そうとしたら「はい、バニラシェイクですね」と不機嫌そうに念を押され「あ、はい」とダサく応えた。隣では仲間がクスクス笑っている。恥ずかしいったらない。咄嗟にもうひと押しできれば良かったのだが、まだ子供なので恥ずかしさが勝ってしまう。

 それ以来、あの世界的なハンバーガーチェーン店に行くと、カウンターで丁寧に注文するクセが付いている。近所のその店で僕はテイクアウトしかしないのだが、毎回「店内をご利用ですか」と聞かれて「ああ、持って帰ります」と数千回言っている。僕のことなんか覚えてもらわなくて構わない。

 あの日以来シェイクが嫌いになったので、僕はセットのコカコーラ・ゼロしか頼まない。そのドリンクで極上のダジャレを思いついたとしても、絶対に言わないだろう。あの店でダジャレを言ってもウケないのだ。彼らにとってスマイルは0円のはずだが、その理念を根底から覆すのがダジャレだ。

秩父宮ラグビー場。ダジャレが滑ったせいで当時はここで試合できなかった。