コールドウィンターブルー

 学生時代は夏が嫌いだった。厳密に言えば、部活ばかりしていたので夏の練習が嫌いだった。冬が好きというわけじゃないが、夏の暑さでバテバテの時に冬の冷たさを想像して一瞬の涼を得ようとする。「心頭滅却すれば火もまた涼し」という厳つい言葉に一縷の望みを繋いでいたのかもしれない。

 実際に真夏の練習中でフラフラの時に、そんな冬の光景など思い浮かぶはずもない。でも、炎天下で死にそうになっていると、冬の寒さには憧れに近い思いを抱いてしまう。だから、若い頃は夏より冬の方が好ましい季節だったのだ。それが完全に逆転するのは、30歳を越えた頃だっただろうか。

 仕事帰りに、何度か雪道を歩いたことがある。それは異常気象的な積雪量なので、遠い駅からの帰り道は2時間以上かかった。本来ならバスが出ている時間だったのだが、バス停の行列を見たらとても最初のターンで乗れそうにない。しかも、やっと乗れても寿司詰め状態で気持ち悪くなるだろう。

 その時の僕は、仕事帰りなのでスーツの上にコートという雪中行軍向きではないスタイルである。革靴で雪の中を歩くのは嫌だなぁと思ったが、もう僕は歩き出してしまった。その時使っていた亀有駅から家まで、普段でも1時間近くかかると思う。でも、普段ならばバスが出ているので歩かない。

 出発の段階では積雪量をナメていた。駅前の通りの激しい道でさえあんなに積もっていたのに、何を判断材料にして甘く見積もったのだろう。これから僕が向かうのは、埼玉県の外れの誰も知らないエリアだ。川沿いの暗い道だ。寒風吹きすさぶ中、雪が溶ける要素はまったくない不毛地帯なのだ。

 それでも序盤は元気に歩いていた。しばらく環状七号線沿いを歩くので、まだ明るいし交通量も少なくない。ただ、足元は冷たい。靴の中に溶けた雪が沁みてきた。そして、環七を離れて都県境の川を歩く頃には、体は冷え切り息も絶え絶えの状態だ。この寒さは「人死ぬぞ」とリアルに実感した。

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僕は今でもバスをよく利用する。写真のような可愛いバスではないが。