蘇る土地勘

 約10年前は渋谷にある会社に通っていた。良い思い出はないが、そこで得たスキルで今を生きている。会社は嫌いだったけれど、仕事と渋谷という街は好きだった。いや、渋谷が好きと言うと若者かぶれみたいだな。若い人に寄せているのかもしれないが、単純に好きな店がいくつかあったのだ。

 その中で、今でも困ったときに行くのが、黄色い看板が目を引くレコードショップだ。サブスクの時代にフィジカルでしか音源を買わない男でゴメンよ。でも、その音源が店頭に並んでいるのを見て買わないと、リアルに手に入れた実感が湧かないような気がする。棚の現物を見つける喜びもある。

 昨日は出先での仕事が一瞬で終わってしまったので、帰りに渋谷で途中下車してみた。ここ最近、渋谷駅周辺は目まぐるしく変わっている感じがあるので、ちゃんと思い通りの出口から出られるか自信がなかった。でも、せっかくなら変わった街並みを歩くのも一興と思い、成り行きに任せてみた。

 適当に出た改札は、僕が通っていた頃の面影など消え去っている。それでも、何故か迷うことなく選んだ脇道を進むと、ハチ公前交差点を渡った先のファッションビルから出られる近道だった。このルートは、以前の通勤時に使っていた道だ。視覚的には自信はないけれど、体は覚えていたようだ。

 地上に出ると、感染症対策社会になってから初の渋谷の街は、何ら変わっていないように見えた。変わったと言われているエリアじゃない方に出てきたから、そりゃそうだ。街行く人間の雰囲気も同じ。若い人は数人で遅く歩くし、ひとり者はその間をすり抜けていく。僕も、泳ぐように歩くのだ。

 こちら側に来てしまうと、結局レコードショップに直行するしかない。僕が通勤していた頃とはフロアごとのジャンル分けが全然違っている。洋楽のロックが上の階に移動になり、ヒップホップなどとひとまとめになっている。音楽ファンの嗜好が変わっているのかもしれない。すこしだけ寂しい。