自然な演技で街を往け

 不慣れなことをしているときは、いつも通りに振る舞えないものだ。どうしても客観的な自分が頭上から冷めた目で見ている。そもそも何でこんな不慣れなことをしているんだろうと、自棄になりかけている。投げ出してしまいそうになるし、仕事以外の不慣れ案件なら投げ出すこともたまにある。

 ある時期、僕の周りの人間が異常なヘルシー派に変節した。僕が酒場に通うのが楽しくなりはじめたのと同時に、周りは健康志向にシフトとしようとしていたのだ。それが転じて現在のようなひとり飲みの状況を作ったとも言える。健康志向のヤツが無限に飲んで話したい僕と合うわけがないのだ。

 ただ、そんな健康派の言い分にも理があるので、なるべく歩いて飲みに行くというのを実践してみた。仲間のひとりが歩いて都内を回るのが好きで、結構な距離を歩いていると聞いた。その人よりは自分の方が健康だと思っていたので、それに対抗する気持ちで家から「行けるところまで」歩いた。

 その散歩は健康志向ではなく、仲間への対抗心と酒場に行くまでの腹ごなしのような感覚だ。だから、行けるところまでと言っても目的地は酒場である。その時は北千住で夕方から仲間と飲む予定があったので、それに合わせて我が家を3時くらいに出た。時間は読めないが、まあ間に合うだろう。

 歩くのはツラくはないのだが、汗で濡れたり匂ったり冷えたりするのが嫌なのだ。その日は今くらいの時期なので、汗をかいた後で冷えて風邪をひくのが怖い。だから、思いっきりゆっくり歩いた。でも、途中の全然面白くない住宅街などでは不審者あつかいを受けそうなので、ある設定を課した。

 気になった看板やヘンテコな景色など、いわゆる珍百景的なポイントを写真におさめることにした。スマホで撮ると「変質者感」が強まりそうなので、カメラを持って「いかにも被写体を狙っている」風を装ってキョロキョロしながら歩いた。こういうロケハンごっこで擬態しないと街も歩けない。

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何かを食べに行くのが、もっとも正しい目的だ。今、カオソーイが食べたい。