おお友よ、歩いて帰ろう

 昨夜の記憶が曖昧な時は、たいてい最寄駅から歩いて帰ることで酔いが回ってしまった場合が多い。雨の日はいつも、朝外出するときにバスを利用することになる。だから帰りもバスなのだが、最終バスは総じて早く終わる。そうなるとタクシーか歩きかの二択で、最近は高確率で歩くことになる。

 いつもはひとりで歩いて帰るのだが、昨日は連れがあった。酒場の常連で同い年の気心知れた人間なので、同じ方向だったのでいっしょに歩いて帰った。雨降りだが、男同士でひとつ傘に並んで入るのも恥ずかしいので、傘を持たない僕はびしょ濡れで帰った。でも、連れ合いがあると帰路は早い。

 いつも歩いて帰る時は、途中までは軽快に歩いている。でも、後半の行程で川沿いの異様に暗い道を通るので、そこでは気持ちを引き締めている。暗がりから暴漢に襲われた場合の構えをとって歩いている。酔いが深い時は、シャドーボクシングならぬシャドー護身術を素振りしながら歩いている。

 以前も帰りに後ろを警戒しながらシャドーを繰り返していた。後方に濃厚な気配を感じていたのだが、その気配が家の近くまで消えない。堪り兼ねて家の前で振り向くと、隣の家のオバさんがいた。おそらく僕のシャドーに気づいたのだろう、半笑いで会釈して家の中に消えた。私は貝になりたい

 トラブルというのは酔ったときに起こりがちだ。若い頃、自分の周辺で剣呑な空気が漂うのは、外でしこたま飲んだときだ。僕はその雰囲気が大嫌いだったのだが、大勢いると気が大きくなり、普段は愉快な周りの人間が凶暴で手のつけられない野獣のように振る舞う。自然、疎遠になってしまう。

 そんな平和を愛する僕も、歩いて帰る道々、暗闇に囚われて凶暴化している。シャドー護身術を披露する機会はないが、そうなった時の自分を想像すると怖い。やはり、暴力に対しては「逃げるが勝ち」なのだ。それに立ち向かう練習としてシャドーをやっているワケだから、逃げる気がないのだ。

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川沿いを歩くときには、暗がりに目を凝らしてはいけない。やってるから!