何もない土地の住人讃歌

 僕の住む埼玉南東の町は、特に特徴のない面白みのないところだ。謙遜で言うわけではないし、周辺の地域の人たちからも同じように言われている。まったく何もないわけではないし、友だちの中にはこの町の良いところを掘って、周知させる活動をしている人間もいる。でも、あまり広がらない。

 TVの街ブラ番組が国内の大半をブラブラし尽くしたとしても、この町に寄りつくことはないだろうと思っていた。それが、テレ東で長く続いている地域特化型バラエティ番組が特集するという。住人としては身構えてしまう。この町の「何もなさ」を全国に晒す悲しい回になるのではないか、と。

 または、僕らが見つけられないこの町の良さをTVによって教えられるのも不本意だ。住んでいる人間にとっては当たり前でも、外から見れば珍しくて価値がある場合がある。そんな長所を外部から指摘されるというのは、われら住人の怠慢だとも言える。もっと謙虚に地元を見つめるべきなのだ。

 なんて綺麗事を思わないでもないが、そこまで地元愛があるわけではない。ただ、長く住んでいるので根付いてしまっただけだ。本当ならもっと住みやすい場所を求めて移動し続けるべきなのかもしれない。僕には此処ではない何処かなんて幻想はないが、住む場所の選択は今からでも考えられる。

 学生時代に住んでいたオンボロアパートのことをたまに思い出す。住みやすかったわけではないし、1年だけの仮の住まいだと思っていたので最低限の家具しかなかった。卒業で実家に引き上げる時に業者に引越しを頼んだけど、大型のトラックの片隅にポツンと置く程度の量しか荷物がなかった。

 それでもあのアパートを思い出すのは、もっと楽しめば良かったということだ。ボロいし風呂もなかったし和式の便座だったけれど、キッチンと広い居室が別れていた。ちょっと不気味な板の前もあった。アレンジ次第ではもっと良い部屋になったと思うので、その後悔が思い起こさせるのだろう。

遅くまで飲んだ帰りは歩くことになる市境の川沿い。とても寂しくて物騒な道。