肉じゃがが落ちてきた

 僕が学生の頃の情報だと、男は肉じゃがに弱いという話だった。面と向かってこの説を聞いたことはないが、雑誌の記事やTVのバラエティ番組などで交わされる話題で知った。弱いというのは苦手という意味ではない。女性が手料理で肉じゃがを振舞えば、大抵の男は落ちるという下世話な話だ。

 たぶん肉じゃがというのは例えで、手の込んだ家庭料理を作る女性への憧れとか、あの頃の結婚市場(前時代の価値観なので悪しからず)での評価軸に「料理の上手な女性」が上位にあったということだろう。現代では通用しないというだけではなく、別の火種に引火しかねない言説だとも言える。

 当時の僕は単純に「えっ、肉じゃがなんて好きじゃねーよ」と見当違いに思っていた。そして、自分なら「唐揚げ一択だな」などと考えていた。あの頃の僕が女性に料理を押し付けるタイプなのかは不明だ。いま現在も未婚なので分からない。ただ、社会の男尊女卑潮流を否定できてはいなかった。

 高校の頃、同級生の女の子が弁当を作ってくれたことがあった。手が込んでいたし、何より量が多かった。高校生の頃は無限に食べられたので、もの凄く満足した覚えがある。その弁当に入ってた唐揚げが美味しかった。味の記憶は定かではないが、たぶんコロモに工夫を凝らしたタイプだと思う。

 そんなに美味しい弁当を作ってくれた相手に対して「ありがとう、美味しかったよ」と声をかけた記憶がない。当時のシャイな自分を鑑みると、とてもそんなことを言えそうにない。若さからくる素直さで、脊椎反射的に謝辞を示していることを祈るばかりだ。ただ、後の対応を考えると期待薄だ。

 その女の子からは、その頃すでに恋愛感情を告白されていた。僕からの返答は特にない。女子と付き合うというのがリアルに感じられず、こちらの恋愛感情が芽生えることもなく、フワッと疎遠になってしまった。あの唐揚げだけで充分に恋に落ちることができたはずなのにと、今ならば思えるが。

食事には気を使う年頃だが、家系ラーメンに無料添付されるライスは控えない。