砂漠に壊れたトレーラー

 懐古趣味と言われればそれまでのことだが、やはり若い頃に摂取した栄養は体の深いところまで浸透している。だから、時限爆弾のように時々爆発する。僕にとって、それはメタルだ。現在のトレンドとは一切関わらない、20世紀で完結したはずのメタルが大好きで、無性に愛おしく感じるのだ。

 あの頃の音楽は、抽象的なビジュアルイメージを伴って想起される。アメリカンハードロック路線のバンドの曲などは、砂漠に朽ちたトレーラーが放置されたようなロケーションで演奏している場面が思い浮かぶ。具体的にそんなミュージックビデオがあったか覚えてないが、音からの印象である。

 アメリカの大平原みたいな印象が、なぜか中東イメージの砂漠に誤変換されているところが不思議である。でも、カラカラに乾いた音色を映像に落とし込むと砂漠がしっくりくる。そんな大雑把なイメージを脳内で再生させながら、あの頃の音源を灼熱部屋で聴いている。脳が溶けてしまいそうだ。

 僕がイチバンその手の音楽を聴いていた頃に流行っていたバンドが、今年の終盤に来日公演するらしい。そういう情報がはいるたびに、またメタルの季節が僕にやってくる。そのライブを観に行く予定はないが、数年前に来日した時は見納めのような心境でさいたまスーパーアリーナで観たものだ。

 いわゆる「ガンズ」と略称される、トレーシー・ガンズがいない方のガンズの話だ。天邪鬼な僕は、当時トレーシー・ガンズがいる方のガンズが好きだった。ふたつに分かれたガンズの間に、あんなに大きな差がつくとは思ってもいなかった。当たり前にLAガンズも大ブレイクすると思っていた。

 ちなみに、あの頃の情弱な僕がなぜLAガンズを聴いたのかというと、近所のCDレンタル店にそっちのガンズのCDしか置いてなかったからだ。選択の余地はなく、それなら僕はコッチを応援しようと思ったのだ。その後、大ブレイクした方のガンズを改めて聴いて、こいつは強えぇやと思った。

数年前の高円寺の阿波踊り。踊る阿呆と見る阿呆の二択で、僕は撮る阿呆だ。