記憶の彼方からの帰還
酒場の常連とは簡単に打ち解けることができるが、残念なことに酔っている時の記憶力は絶望的なものである。前に会った時は楽しく話したはずなのに、次に会った時の僕は何も覚えてはいない。ただ、そのことは自分で分かっているので「すぐに忘れちゃいます」と正直に告白して許してもらう。
昨夜も酒場で隣り合わせた人と野球談義をしていたら、どうやら前にも同じような話をした人らしい。本人と店の従業員、そしてその店の店長も言っていたので間違いないだろう。店の人は当然いつも酔ってないので、記憶力は僕の何倍も正確である。その証言がふたつ出たので僕の有罪は確定だ。
昨日もカウンターで飲んでいたのだが、最初僕の隣には別のお客さんが座っていた。その人は知った顔だったので話しかけたら東京ドームで野球観戦の帰りだと言う。その人にとってはホームゲームというヤツで、彼が応援しているチームが僕の好きなチームに勝ったのだ。つまり、上機嫌である。
その日はビール半額デーだったらしく、ドームでたっぷり飲んできたようだ。なので、彼は早々にその店を立ち去り、入れ替わりに冒頭の彼が隣に座った。その彼も東京ドーム帰りで、僕の応援するチームを倒して上機嫌で帰って来たところだ。若くて礼儀正しい感じだが、顔は真っ赤っかである。
よくよく聞くと、半額の恩恵を満喫するために10杯飲んで来たそうだ。そして、その場でもビールを飲み続けている。過去の僕を見るようだが、僕が彼と同じ年齢の頃よりは彼の方がモテそうだ。見た目の話ではなく、人好きのする対応をできる人間なのだ。若い人に会うたびに同じことを思う。
そして今思い返すと、彼の名前を聞くのを忘れてしまった。後日またその店に行って店主に聞くとは思うが、僕は人伝に聞いたことをアッサリ忘れてしまうのだ。やはり、自分が直接聞いた言葉の重みは圧倒的だし、自動的に記憶庫のちゃんとした棚に保管される。店主に聞くと地べた置きである。