わたしの酒場クロニクル

 僕がひとりで酒場通いを始めたのは、30歳をすこし越えた頃だった。周りの仲間が結婚して相手してくれなくなったこともあるが、仲間と飲んでいても「広がらないなぁ」という感覚があったからだ。僕には会社を辞めるクセがついているように、パターン化してくると壊したくなる病気なのだ。

 ひとりの酒場通いは、もしパターン化を避けたいのなら行かなければ良いだけだ。仲間と定期的に飲んでいても、その顔ぶれで話すことは決まってくる。同じ話をすると分かってはいても飲みに行くのは楽しいので、30歳前後の数年間はほぼ毎週同じ顔ぶれで集まっていた。パターン化の極致だ。

 たぶん皆んな飽きていたのだ。それでも誰かがやめると言わない限り集まり続ける。だが、いつも声をかける人間が引っ越したのをキッカケに、見事にその集まりは散会した。高校の同級生だし、近所なので年イチくらいでは会う。それでちょうどいい。ただ、そこで話すことは以前と変わらない。

 ひとりで飲める酒場探しの手始めに、最寄駅の飲み屋を巡ることになる。最初に目をつけた店は、もともと仲間と毎週集まっていたもつ焼き屋の隣のバーだ。何度か偵察で飲みに行ったのだが、常連が幅を利かせて新参者の肩身が狭そうだと感じた。雰囲気は良いのだが、常連が煩くて近寄り難い。

 そのバーを見本にして、似たような系統の酒をラインナップしている店を探した。アイリッシュパブ的なビールのラインナップが気に入っていたので、その目線でいくつかの飲み屋を観察した。何軒か回るうちに、ビールに特化した酒場に巡り会えた。そこは食事も美味しかったので一瞬で太った。

 しばらくその店に通っていたが、駅前に新しい店ができた。フラッと入ると、そこは前に「常連が幅を利かせて居心地が悪い」と感じた店の姉妹店だった。そこの店長が面白かったので通うようになり、自然に居心地の悪い本店にも通い始めた。幅を利かせていた常連は、今でも幅を利かせている。

裏路地の隠れ家的な店に通う紳士になりたいが、当たり前の酒場しか知らない。