海岸通りのショートカット

 僕が26歳の頃、勤めていた会社を辞めてインド旅行に行った。いま自分が海外旅行に行くリアリティがないので、思い出だけで気分を南インドの海岸通りに飛ばしてみたい。そんな思考実験である。無目的に行ったので最初の宿泊先も決めてないし、そもそもガイドブックすら持っていなかった。

 大学の同期が卒業旅行でインドに行った話を聞いていたので、なんとなく行けば何とかなると思っていた。特にインドへの思い入れがあったわけではなく、物価が安くて長期旅行向けなことと、若い日本人が彷徨っていても違和感がないと思って選んだ場所だ。あんな勝手な旅行は二度とできない。

 いま考えると、僕が思い立ったが吉日的な衝動的な旅行を愛好するのは、インドでの数週間が影響している。実際にはちょうど10週間だったと思うが、その間の移動はすべて現地で会った日本人に薦められた場所を次の目的地にしている。僕にはやりたいことも、行きたい場所も皆無なのだから。

 そうやって情報を取っていくうちに、インド国内にある興味ポイントが増えていく。そのほとんどが何かしらの聖地だ。信心ゼロの僕だけれど、目的地としては興味深いので聖地は心にメモしていた。その中で実際に行ったのはダライ・ラマがいる町だが、当人はフランスに外遊中で会えなかった。

 そして、旅行の中盤に僕は恋に落ちる。それは疑似恋愛に近いもので、実際の行為としてはストーキングと紙一重だ。南インドのポンディシェリーという町で出逢った女の子と、何日間か行動を共にした。ずっとひとりで移動するだけの日々に飽きていたのだ。だから、付きまとってしまったのだ。

 その子がポンディシェリーから旅立つという日の朝、僕は迷った挙句、偶然を装ってバスターミナルに向かった。バスの時間は聞いてなかったので会えたらラッキー的な感覚だったが、果たして同じバスに乗り合わせた。それだけで旅行中の出来事としては十分に楽しい。多くを求めてはいけない。

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この写真を撮った小田原に行ったのも数年前。旅行への欲求は今がマックス。