光の方に誘われて

 以前、コンビニなどの入口には誘蛾灯が設置されていた。初期型のものは、そこに虫が突っ込むとバチンッと激しい音がしたと記憶している。その音にビクッとしつつ、それでも羽虫の類は好きではなかったので「可哀想」とは思わなかった。ただ、残虐な装置だなぁと感じていたら、消えていた。

 僕も光っている方に誘われる部分がある。昨日も友達がラジオに出たのを聴いて、思わずメールで「今度飲もうよ」と送ってしまった。ラジオ出演は、若い頃にラジオに憧れた身としては惹かれてしまう。まるで番組にハガキを送る感覚で、友達にメールを送った。でも、友達なので普通に会える。

 とは言え、いざ会ってなに話そう。中学校の同級生だけれど、同窓会までの30年間は会ってないし、同窓会以降もメールでしか連絡を取っていない。会えば話すことはあると思うのだが、ラジオを聴いた時の驚きはないわけだ。直接話す分には、ただの同級生なのだ。実物に会っても知った顔だ。

 そんなことを思いつつ、具体的に会うプランは進んでいる。僕の行きつけの酒場に誘えれば良いのだが、そこに連れ込むのはもう少し先の方が良さそうだ。深い関係の酒場を紹介して、相手に変な誤解を与えたくない。いや、誤解ではなく単純に「こんな店に通っているのか」と呆れられたくない。

 もともとアイドルとか有名人に憧れる体質ではなかった。もっと手の届く範囲の人間に興味を持つタイプなのだ。観察することで、それまで普通に見えていた人が急に魅力を増す時があるのだ。地味そうに見えて、ある話題について聞くと目をランランと輝かせて喋り出す同級生などは興味対象だ。

 マニアのファンなのだろう。自分にないマニアな資質への憧れなのかもしれない。ラジオ出演者にソッコーでメールを送る軽さは、そんな資質から来ている。僕にとってマニアは光り輝いて見えるのだ。その光に誘われて近づくのだが、当人は一般人なので、常に興味深い存在なわけではないのだ。

f:id:SUZICOM:20220323102205j:plain

等々力渓谷から見上げた図。光が差し込む構図は世紀末覇王伝説を思い出す。