謎の紳士になりた〜い

 酒場での顔見知りのことは、全員の素性を知っているわけではない。特に匿名性を保とうとしてない人でも、初手から根掘り葉掘り聞くことはない。何度か顔を合わせている間に、会話の端々からなんとなく匂う程度というのが平和な関係だと思う。僕のようにフルオープンなのは、実は良くない。

 僕はウソが苦手だったり、もっと強めに言うとウソに対して潔癖な部分がある。絶対に生涯ひとつもウソを吐かないと決めてはいないし、すでに何度もウソを吐いている。仕事に遅刻したら適当な言葉で誤魔化すし、曖昧な記憶はウソで補完している。でも、なるべくならウソは吐かないでいたい。

 ここ数年、僕にとって酒場は学生時代の部室や同級生との溜まり場のような気安い場所だ。そこを快適かつストレスなく過ごすために、なるべくウソを排除している。もちろん他人が吐くウソは見分けられないし、そこを咎めるつもりはない。ただ、僕から見栄を張るようなウソを言わないだけだ。

 そんなことを心がけているから、もしかしたら酒場の僕は全然面白くないのかもしれない。特に盛ったエピソードを話すわけでもなく、無理して大ボケかまして爆発的にスベることもない。ただ、酒場の登場人物として配されているモブだ。自分では面白いことを求めて生きてきたのに、矛盾する。

 もう少し匿名性をキープしていれば、こんなモブキャラにならずに済んだのかもしれない。秘密がある人物は、そこを暴かれるまでは謎の人物として一目置かれる存在だ。素性を晒している僕のように、はっきりしたプロフィールというのはキャラ設定として埋もれる。でも、それには理由がある。

 酒場に通いはじめて数年後、前の職場を辞めてからなし崩しにフリーランスと化した。フリーなので酒場への出入りが頻繁かつ、割と浅い時間から飲んでしまう。その状況を不自然に感じられないように、早めに自分の履歴を晒してきた。それによって深みが損なわれても、気安い方を選んだのだ。

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もともと食べ飲み人間だったが、経年劣化で少食になっていることが哀しい。