奥の手を見せてみろ

 順調にことが進んでいる時ほど、何かやり残しがあるんじゃないかと心配になってしまう。生まれつきの慎重派なのだ。横断歩道で手を上げて渡るような子供だった。ルール上それは正しいのだが、その正しさはルールに甘えているだけで本当の慎重さではない。クルマが停まるとは限らないのだ。

 そんなルールへの違和感から、僕の慎重さはエスカレートしていく。そこまで臆病になることはないのに、石橋を叩いて渡らないような学生時代を過ごしてしまった。もっと自由に飛べば良かったと思い返すが、あれほどセーブしても忘れたいような恥をかいているので、それなりに弾けたらしい。

 学生時代の後悔をこねくり回したところで何も変わらないが、その反省を踏まえて「今どう動くか」を考えるのは大事だ。中年になって学生レベルの後悔や悩みを繰り返しているようでは思いやられるが、しかし、大事なのは現在なのだ。現在、僕が密かに企んでいるのは「彼女作り」計画である。

 奥手な小僧だったので、学生時代の恋愛話が皆無に近いのだ。卒業シーズンになると、灰色の学生生活の残念なラストシーンを思い出して情けなくなる。あの、制服の胸のボタンを下級生にねだられたりするイベントだ。僕の半径数メートルだけは、そのカルチャーが導入されていなかったらしい。

 そのチャンスは2度あって、中学・高校とイベントには不参加だった。卒業式には出た。でも、式の後は普通に、誰かと盛り上がるでもなく帰ったのだ。唯一の思い出は、中学時代はメッ通(ヘルメット通学)だったので、駐輪場の屋根にヘルメットを投げ捨てたことくらいだ。小さな反抗である。

 あ、そのあとで女の子と写真を撮ったな。一度だけ同じクラスになった子に急に話しかけられて、ツーショットを撮ったはずだ。その写真は僕の手元にはない。あの子の手元にもないと思う。きっと恥ずかしそうにうつむいた、イモみたいな顔した僕が半笑いで写っているのだろう。撮り直したい。

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慎重なはずの僕だが、駅からの帰り道は危険そうな暗い道を選んでしまう。