耳で聴くな、心で聴け

 僕は最近、ひとの名前を覚えられない。たぶん以前に聞いているのに、覚えていないのだ。そんなだから、改めて聞けない。そういう場合は、誰かがその人の名前を呼ぶのを待つ。でも親しい関係の人はあまりハッキリ名前を呼ばないものだ。そのせいで初期のコミュニケーションが不自然になる。

 知り合いのひとりは、その名前問題を画期的な方法でクリアしている。先の親しい間柄の人と同様に、ハッキリ名前を発語しないのだ。それは首尾一貫していて、その人と仕事先で話している時に客が来ても、いつも「ダーさん」としか聞こえないような呼び方をする。それでも誰も不審がらない。

 最初に僕がその呼び方を聞いた時、さすがに言い間違いだと思ってビクッとした。それは僕とその人が客先に同行した時で、明らかにダーさんではない名前の人が相手だったのだ。お客さんなので気を悪くしないように、僕が名前を強調して言い直したりした。でも、本人も相手も何も気にしない。

 確かに、そんなにハッキリと他人の名前を呼ぶことはない。商談や打ち合わせなどの場合、特に相手の名前を言わずに済ませられる時もある。でも、呼ばないと不自然なこともあり、そんな時にダーさんは便利なのだ。僕も試そうと思うのだが、名前を知っている相手だと元の名前に寄せてしまう。

 ギリギリそう聞こえるような呼び方だと、それはダーさん理論の立証にはならない。むしろ親しい間柄の雑な普段呼びに寄せているようなものだ。これでは、いざ本当に名前を覚えていない人に対した時の武器にならない。なので、今後は酒場の知り合いをすべてダーさんと呼んでみることにする?

 ちなみに、そのダーさん理論を生み出した本人はひとの名前を覚えられるタイプらしい。滑舌が悪いわけじゃないのだが、お客さんの名前を呼ぶ時だけダーさんとしか聞こえないような曖昧発音になる。でも、メールではちゃんと先方の名前を記して送ってくる。今度、改めて真相を聞いてみよう。

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酔っている時に聞いたことは全然覚えていないが、食べたものは覚えている。