背中に刺さる感情ナイフ

 酒場ではカウンターに座ることが多い。ひとりで飲むからだ。カウンターの後方にホール席がある店では、彼らが僕の後ろを通るたびにサッと触れて行く。中にはガツンと体の一部が当たる時もあるが、それを気に留める素振りを見せる者は滅多にいない。そして、その当たり方はいつも挑戦的だ。

 仮に僕がカウンターの後ろを通る時は、横歩きでワカメのようにヒラヒラと避けて歩く。軽く触れただけでも「すみません」くらいの声はかける。別に悪いとも思っちゃいないが、触れて無言は気持ち悪いから言っておく。そう、僕に触れて何も言わない人のことを、僕は気持ち悪いと感じるのだ。

 先に挑戦的と記したような場合は、例えば若者が「オッサンが調子に乗ってカウンターに居座ってんじゃねえ」的な威嚇に近い感情をソッと忍ばせていると理解している。気分は良くないが、それは理解できなくもない。僕もかつては若かったので、威張るオッサンには胸糞悪いものを感じていた。

 念のために言い添えておくと、僕は酒場で威張り散らしたり、武勇伝を声高に喧伝することはないと思う。記憶が消失している時のことは断言できないが、酒場での声は比較的小さい方だと思う。そのせいで注文が通らないことも多く、仕方なく大きな声で注文し直すと店の人がビクッとするのだ。

 また、カウンターを挟んで前にマスターがドリンクを用意しているのだが、たまに後ろのホールの声が通らない時がある。店の人に伝えてあげる時もあるが、大体は成り行き任せで黙っている。そうすると、先の僕同様にラウドな再注文コールでビクッとさせられる。その声は僕の背中にも刺さる。

 人に背中を見せるというのは無防備だ。デューク東郷のルールの通り、そっと背後に回られるのは気分がいいものではない。僕がカウンターで感じる不気味さは、それに近いものだと思う。匿名希望の誰かが不明瞭な意思を持って背中に触れて行くのだ、怖いに決まっている。カウンター恐怖症か?

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運転中はよく後ろを気にしているので、煽り運転車が追走してきたら避ける。