その柱の裏には愛が……

 駅の敷地内には極太な柱が規則的なスパンで並んでいる。あの柱には人が寄っかかっていることが多い。その多くは待ち合わせの手持ち無沙汰な人間だが、8番打者の打率程度の割合でカップルがイチャこいている。そのイチャこきが度を越すと口吸いの儀式、つまり熱い野外キッスが行なわれる。

 多くの場面で僕は傍観者だ。その儀式を花鳥風月を眺めるがごとく見届けることになる。カップルは視野狭窄になりがちで、周りがほぼ見えていない。または、周りに自分たちの混じりっけのないピュアラブを見せつけてくる。本当にピュアラブかどうかは知らないが、とにかく迷いのない強気だ。

 そんな暴力的なラブを見せ散らかされたところで、僕のようなすれっからしが心を動かされることはない。ただ「してるなぁ」と思うだけだ。時には僕が見ているから(と言うか、その場に偶然いたから)イチャこきを加速させる可能性もある。観客がいると燃えるのはスポーツ選手だけじゃない。

 すべての人が見せたがりの特異な変態ということではない。ある種の生存証明というか、自己主張のような感覚で熱キスを僕に見せつけているのではないだろうか。パフォーマンスの一種で、誰もが踊る阿呆でありたいと願うのではと思う。僕も、そんな熱量を注ぐ相手がいるならそうするだろう。

 駅は、別れ際にテンションが上がるカップルの宝庫だ。改札前で、大勢の通りすがりを脇役に見立てたドラマを勝手に演じる恋人たちを見かけたことがある人間は多いと思う。あんな邪魔な場所で「すんなよ」と思う反面、あのくらい不特定多数が通り過ぎる場所だからこそできる凶行とも言える。

 以前ここでも記したが、学生時代に原宿駅前で当時の交際相手に「愛してるよ」と大声で叫んだ恥ずかしい過去を持つ者としては、恋人関係の芝居性を声高に否定できるはずがない。どんどん馬鹿になって、勘違いをこじらせた困った人間になれば良い。そして今日もまた、柱の裏には恋人たちが。

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エスカレーターでも、段差を利用したカップルの熱キスを見せつけられる。