失うことは、また得ること

 学校を卒業して最初に勤めに出たとき、初めて名刺入れを購入した。それまでは持ち物といったら財布くらいだったが、会社員にとって名刺入れは必須アイテムだ。先輩から革製のものを買うよう薦められたので、革製でブルーの名刺入れを手に入れた。海外人気ブランドの製品で気に入っていた。

 その名刺入れが僕の手元にあったのは、しかし数ヶ月のことだった。その頃は携帯電話などマストで持っているものではなかったので、出先の連絡は公衆電話になる。何度も電話ボックスを使うので、テレホンカードが支給されていた。そのテレホンカードを名刺入れに入れ、どこかに置き忘れた。

 それ以来、しばらくは安いアルミケースの名刺入れを使っていた。良いものを失くしたショックの反動で、どうせ失くすなら安物で良いと開き直った。だが、あまり大事にしていない物ほど長持ちする。そのときに買ったアルミケースは、いまだに家のどこかにある。物への気持ちが正比例しない。

 昨日、酒場に上着を忘れたらしい。寒いのに忘れることなんてあり得ないと思うのだが、しかしそこ以外に考えられない。そう思って連絡したら、忘れ物は何もなかったとのことだ。おかしい。我が家にはないと思って不信感を募らせていたが、先ほど洗濯物の中から出てきた。何も覚えていない。

 飲んで帰ってきた一連の流れで、脱いだ服を洗濯カゴにパッと放り込んだのだろう。上着は滅多に洗わないが、どんな心境で洗おうと思ったのか不明だ。おそらく一連の動作につられただけで、洗いたいという意思はなかったと思われる。どのみちそれは見つかった。それはそれで良かったのだが。

 その上着はアウトドアユースの軽いアウターである。失くしたと分かったとき僕が思ったのは、同様のものを買い直そうということだ。肌寒い季節に重宝するので、ひとつは持っておきたいのだ。買い直そうと思って多少チェックもしていた。それが見つかったことで、すこしだけ残念に感じてる。

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元の写真の空が汚かったのでPhotoshopの空の置き換えを使ったが、変だ。