駅のホームは灼熱地獄

 僕が会社員だった頃は、まだ「クールビズ」がそれほど浸透していなかったと思う。直近に辞めた会社では服装が比較的自由だったので、夏場は薄着で過ごしていた。それでも得意先を回るような時は、スーツの上着を着用して先方に向かった。いや、着用するのは得意先の事務所に入る寸前だが。

 社会人になるまでの期間で、スーツを着たサラリーマンに接することは意外と少ない。就職活動をするまでは、学校の先生くらいしかスーツ姿を見てこなかったような気がする。父親が作業着で出社する会社だったので、身近にスーツ着用者がいなかった。それもあってスーツには馴染めなかった。

 それでもスーツを着なければいけない。せっかくスーツを着るなら、多少なりとも格好良い方がいい。そうやって着ていればいずれ慣れるだろうと思っていたが、慣れることなく最初の会社を辞めた。その後はしばらくスーツと無縁の職場だったが、数年前に勤めていた会社で再び着ることになる。

 ある夏の日に、都内を営業で回って、時間が空いたので暇つぶしに山手線内で涼みながら本を読んでいた。ふと、ある駅でホームを見ると、グレーのスーツの男性が大荷物を抱えて歩いていた。そのグレーのスーツが何故か迷彩柄のようになっていたので凝視すると、その迷彩柄は汗の染みだった。

 その時、僕が着ていたスーツも同様のライトグレーだったので、つい汗染みがないかチェックしてしまった。汗して働く姿は一生懸命で、客の心を打つこともあるだろう。でも、スーツが変色するほどの汗染みは暑苦しい。それなら「上着脱ぎなよ」と言いたくなる。相手に心配されてはいけない。

 その日を境に、街中でライトグレーのスーツを見かけると汗染みチェックするようになった。汗染みスーツの人は意外といる。その姿はサラリーマンの悲哀というより、スーツという習慣そのものへの反感となって根付いてしまった。そして、日常的にスーツを着なくなり、今は逆に着たいという。

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ビール、焼酎、焼き鳥、ネクタイ鉢巻き。古き良き居酒屋の姿。