地獄の沙汰もベイスボール

 いま熱中していることと言ったら、プロ野球観戦くらいしかない。試合の結果や投打の内容に一喜一憂している。ハッキリ言って僕の応援するチームは下位グループだ。熱心に応援するに足るモチベーションがイマイチ保てない。それでも中継が観られる時は、画面に熱い視線を送ってしまうのだ。

 果たして僕の画面越しの熱視線が選手に届くことはない。やはり、下位に沈んでいるだけのことはあり、期待通りの展開を見せてくれることはほぼない。前の試合では良くなってきたと思っていた投手が、次の試合では初回から大量失点してしまう。彼らが打ち込まれている姿を観て僕も落ち込む。

 応援していると他人事にできなくなる。何の関連もない球団と僕が、運命共同体のように思えてくる。彼らの痛みが僕の痛みとなり、彼らの弱さは僕の弱さとなる。だから、打線が爆発すると心底うれしくなるのだ。でも、打線が自慢のチームの割に爆発はしない。繋がりが悪いのだ。だから弱い。

 このように応援する球団の試合結果にイライラする日々は、果たして健康に良いことなのだろうか。もっと優しい気持ちで、大らかな心持ちで観られないのだろうか。この感覚は、ドラマを観ていてイジメの場面に腹立つ感覚に似ているかもしれない。我がことではないのに、無性に腹が立つのだ。

 高校の頃、ラグビー部の顧問の先生が巨人ファンだった。僕はその頃から横浜の球団のファンだと自称していたが、少しも熱心なファンじゃなく、むしろ野球の話から逃れたくて不人気球団を選んでいたのだ。誰も興味がないから話を振られないのだ。おかげで、野球に熱を傾けなくて済んでいた。

 その先生は、結構しっかり熱中して観ていたようだ。仕事で疲れて、家に帰って野球を応援しながら飲むビールは美味いだろう。そんな話を聞いたら、でも「負けた時は翌日の仕事に影響するほど落ち込む」と言っていた。それはわかる気がする。熱中すると、負けた時の徒労感がハンパないのだ。

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来月は野球観戦の予定があるが、状況次第だろう。朽ち建も見に行けてない。