ズブ濡れデクの棒の熟考

 大学4年生の頃、風呂なしアパートに住んでいた。学生時代は毎年のように住む場所が変わっていた。当初ラグビー部の寮に入り、2年生からは実家から通い、3年生の途中から学生寮編入させてもらい、そして4年生で格安アパートで一人暮らしとなった。落ち着きのない4年間だったと思う。

 最上級生になって風呂なしアパートというのは情けない気もするが、どのみち部活の後は学校でシャワーを浴びるからあまり必要ないとも言える。ただ、月曜日だけは練習が休みなので学校のシャワー室が使えない。そういう日は銭湯に行く。貧乏学生と銭湯の組み合わせは、昭和的日本の美学だ。

 そんな銭湯での出来事。僕は銭湯の浴室には、ゴシゴシ洗いのナイロンタオルとシャンプーなどのセットのみを持ち込んでいた。だから、浴室から出ると体が濡れたままポタポタと水滴を垂らして更衣室のロッカーまで行くことになる。そのため出る時はロッカーまで小走りになる。すこし危ない。

 ある時、いつものようにズブ濡れのまま浴室から出ようとした僕とすれ違ったオジサンに「濡れてるぞ、拭いてから出ろ」と注意された。学生はあまりオジサンの言うことなど聞かないものだが、僕は当時すでに22歳だ。オジサンに反抗するようなティーンエイジャーではない。そこで固まった。

 僕は正しい意見に弱い。先日、ネット診断したら「左脳タイプ」と出たように、論理的思考を良しとするタイプだ。だから、オジサンの言葉がブッ刺さった。僕も濡れて出ることに後ろめたさがあったから、ロッカーまで小走りだったのだ。そこを突かれたので、身動きが取れなくなってしまった。

 かなり長い間固まっていた僕は、周りを見て気が付いた。他の人も僕と同様のセットで入浴しているので、出るときにタオルで軽く拭くことはできないはずだ。そこでピンときた。手だ。試しに腕についた水滴を手で払うと、表面の水はスッと切れた。手ワイパー発明の瞬間だ。柔軟な思考は大事。

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街ブラ、商店街、銭湯。そういうなんでもない日常が無性に恋しい。本当に?