あやしい目撃者の憂鬱

 僕は今まで、偶然街で誰かと会うということがほとんどなかった。たぶん、その人数は片手に余るだろう。でも、赤の他人が僕の目の前で偶然居合わせてテンション上がる場面には何度か遭遇している。その数は片手では足りない。他人のことなので、その偶然性がどこまでレアなのかは知らない。

 先ほども、そんな偶然の場面を目撃した。場所は電車の中で、男女の感動的な再会のような感じだった。でも、男女の感動は当事者同士にしか分からないので、僕は感動していない。ひたすら既視感に頭がクラクラしつつも、ほんの少しのデバガメ根性で事の成り行きを想像を交えて見守っていた。

 電車の座席で、端の1箇所だけがボックス席になっている変な車両がある。僕は横がけのシートの端に座り、僕の目の前にはボックスシートがある。その片側には祖父と孫娘のような取り合わせが座り、その対面にシュッとしたスタイルの良さそうな若い女性が座っていた。そこに男が1人現れる。

 最初、その男は女性の背後からスマホの画面を覗き込むような仕草を見せた。その瞬間、僕は怪しいキモキモマンに警戒した。事によっては駅員に通報しなければいけないので、ほんの少し注視していた。すると、その男は前の女性の頭をスマホで軽く叩いた。それに驚いて振り向いた女性は笑顔。

 すぐ眼前の出来事なのだが、マスクをしているし電車内は走行音で割とうるさいので彼らの会話は聞こえない。ただ、その再会に興奮しているのは女性の方だと思えた。だって泣いてるんだもん。泣くほど会いたい相手が目の前に現れたということか。しかも、都営浅草線というマイナーな路線で。

 その時ボックス席は混沌の極みである。かたや夏休み最後の日の思い出作りに出かけた帰りと見える祖父と孫娘。かたや再会に涙する若い男女。顔の位置が近いんだよな。目の前で孫が眠っている間に降りてくれと、その祖父が願っているぞ。僕は目が離せない。でも、最初に降りたのは僕だった。

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オフィス街の公園にファンシーな遊具。異物を受け入れる世界は素敵やん。