ウォータークローゼット考

 僕の人生は(などと振り返るほどの人生経験はないが)ずっと便意に縛られてきた。小学生の頃は、大便器を使うのは禁忌とされていた。いや、使うのは自由なのだが、誰にもバレずに行わなければいけない。そこに入るのを誰かに見られたが最後、長い期間からかわれることになる。不毛な話だ。

 その頃から、僕は便意と戦っていた。毎日たくさん牛乳を飲んでいた僕は、当然ながら便通が良かった。だが、学校にいる間は緊張感が勝るのか、便意を催すことはあまりなかった。ごく稀に帰り道で急な便意に襲われて、内股で耐えながら下校することがあった。そんな日々が中学卒業まで続く。

 高校生になると知恵がつくので、学校内でも静かに過ごせる便所を発見した。それが職員用トイレだ。生徒の使用を禁ずる的な張り紙があったような気がするが、緊急事態なのでバレても軽く注意される程度で済む。そうやって、いつでも使えるトイレが身近にある状態じゃないと、落ち着かない。

 現在のように家にいることが多いと、便所問題は顕在化しない。ただ、ジョギング中だけは気をつけなければいけない。前の日に飲みすぎたりすると、腹の具合に不安がつきまとう。いつ便意が発動するのか、気が気じゃない。そんな緊急事態に備えて、コース上には3箇所の避難スポットがある。

 その中でもイチバン安心感があるのが多目的トイレだ。往復コースの中間地点にあるトイレで、清潔な洋式便座なのが有り難い。他の2つのトイレは児童公園内の設備なので和式だ。膝の悪い僕にとって、それはそれは苦行。だから、なるべく多目的トイレを利用したいが、便意は場所を選ばない。

 今日の午前中、灼熱の中フラフラになって走っている途中、腹の具合の異変に気がついた。無視しようと思ったが、走ると余計に腹に刺激が伝わる。歩くと家まで間に合わない。仕方ない、こんな時のための避難スポットだ。内股で公園のトイレを目指す汗だくの中年男。プライドなんて捨てたよ。