眩しいメインストリート

 どんな街に遊びに行っても、まずはメインストリートから奥まった通りを目指してしまう。目的の場所が大通り沿いにあったとしても、裏からのアクセス方法を探す。どういう刷り込みか知らないが、裏通りの方がカッコいいという感覚を持っている。それは逆に「表」がダサいということになる。

 学生時代に遡って思い返してみると、クラスでイチバン明るいやつというのは早々にバカ扱いされる。はしゃいでいるヤツと見なされ、そこから1年間は軽い人間として扱われる。学年が変わって、そいつがその扱いから抜け出そうとしても、そういう情報は丁寧に引き継がれてしまうものなのだ。

 最初に表立ってしまった存在は軽くなる。そして2度と重用されない。このことから表の存在を軽んじる傾向が僕にはある。深みというか、二面性があるくらいの方がクセがあって面白いと思うのだ。僕が幼い頃から血液型がAB型で、「二重人格」と他人から言われ続けてきた影響もあるだろう。

 逆を行きたがる傾向はむかしからある。そしてマイナな方を選ぶことも多い。メインストリートはメジャーとマイナに関わらず、単なる通り道である。大きいか小さいかという幅にすぎない。でも、メインと付くと僕の逆張り発想に火がつく。そこに裏通りがあるなら、表なんか通ってられるかい!

 とは言え、ここが肝心なことなのだが、裏を知るためにはまず表を通って来なければいけない。表がわかってないのに「裏、裏」と言っているのは逆にダサいのだ。どの逆だか分からなくなるが、まず表がどれだけ便利なのか、明るいのかを知る必要がある。相対的に裏に比べたら表の方が明るい。

 そうすると、裏通りの方がカッコつけていて、表通りの方が昔ながらの風情があるという場合がある。特に地方都市やメジャーな観光地にはこの傾向が見られるような気がする。メインストリートに風情があるのは海外向けのサービスだと思うが、そういう場所に僕の居場所はない。裏がないのだ。

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都会に行くとキラキラな場所を避けるが、かと言って田舎好きでもない。