アイドルがやってきた

 僕が中高生の頃、わが町にアイドルがやってきた。河川敷で行われた市民まつり的なイベントだったと思う。トラックの荷台をステージにして、そこにフリフリの衣装を着た立花理佐が登場した。その頃はアイドル冬の時代だったと思われるが、そんな中ではかなり頑張っていたアイドルだと思う。

 その頃の僕は部活にしか興味がなく、女子とロクに会話もできないようなトゥーシャイシャイボーイだった。もちろん本当は女子に興味津々に決まっている。でも、その興味が「見る」以上の行為に発展しないのだ。可愛い存在として興味はあるけれど、具体的な行動を想像できないオクテなのだ。

 ただ見るだけで満足しているので、共学の利点として女子は見放題だ。アイドルではないけれど、具体的なプロフィールのわかる存在の方が親しみは湧いてくる。その延長に恋愛が「いつか来れば」と思っていたが、高校を通してそんな機会はやって来なかった。多くの時間を女子見学に終始した。

 そんな僕の不毛時代に立花理佐がやって来た。そりゃ見るでしょ。それまで有名人を間近に見たこともなかったので、そういうミーハーな気持ちもあった。熱心なファンではなかったが、頑張っている子という印象があったので好意的に見ていた。調べたら2個上だった。生意気言ってすみません。

 ステージで1曲うたった後、会場に向かって「イエーイ」と声がけをしてくれた。その時、嫌な予感がした。僕はこの町の人間を信用していないのだが、その不信感の最たる部分が出た。僕だけじゃなく、町全体がシャイ野郎なのだ。アイドルの声がけに素直に「イエーイ」と返す器量がないのだ。

 その瞬間、僕の正義感に火がついた。シーンと静まる会場を切り裂くように「理佐ちゃ〜ん」と、見よう見まねの親衛隊ボイスで声援をおくってみた。そうすると、根が目立ちたがり屋のシャイ野郎たちが競って声を出し始めた、なんてことはなかったが、小さな盛り上がり感は演出できたと思う。