彼女から手を引け

 ある日の午後、出先から会社に戻ると、オフィス内は不機嫌なムードに包まれていた。全員がしかめっ面で電話を待っている。女性社員からの電話を待っている。その報告いかんによっては、その会社の今後が左右されるそうだ。張り詰めた空気を切り裂くように電話がかかってきた。彼女からだ。

 隣にいた女性社員から「出て」という目配せがあったが気がつかないフリした。その電話の内容を知りたくないからだ。その部署の責任者が諦めたように電話に出た。その顔に落胆が浮かぶ。僕は内心、良かったと思った。責任者は「すべて終わった」という感じで電話を切ると力なく首を振った。

 今時そんなことがあるのかと思うが、その女性社員は、得意先の跡取り息子と目される人間と会っていた。そのドラ息子が彼女を気に入ったからだ。しかし、彼女は既婚者だ。そんな無理筋の政略結婚が上手く行くワケがないのだが、この会社の経営状態も逼迫してるので無理を通そうとしたのだ。

 その女性社員と顔を合わせたくなかったので、すぐに会社を出た。ハッキリ言って、もうその会社ですることはないのだ。沈む前の船から逃げ出すように、日に日に人が減る。早めに手を打った人間の方が利口で、退職金ももらえたようだが、いま辞めても何も保証はない。すでに逃げ遅れている。

 今日はもう帰ろうと、駅に向かって歩き出した。すると後ろから、同期の男が「近道があるぞ」と別の道を先導して歩いていく。通ったことのない道だ。しかも異常に険しい道だ。人ひとり分くらいの落差のある段差をスタスタと降りていく。足を痛めそうだなと思いながら、仕方なく後を追った。

 険しい道を抜けると田んぼ道に出た。会社は渋谷なのに、この景色はどう考えても都内ではない。その道を歩いていると、スズメバチが僕の目に向かってきた。パンチで追い払うとコツンと音がした。ハチを叩く音ではない。そこでハッと目覚めると枕元のスマホを殴打していた。この夢なんなん?

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数年前に旅行で訪れた韮山反射炉。この時の茶畑の風景が昨夜の夢の元ネタ。