ジャストタイム、ロスタイム

 学生時代はスマホどころか、まだ携帯電話でさえそれほど普及していなかったので、人との待ち合わせには細心の注意が必要だった。時間通りに指定した場所にいないと相手を不安がらせてしまうし、人間として信用も失ってしまう。それでも遅刻するヤツはいた。そういうヤツは諦められていた。

 その頃の僕は、なるべくジャストに現地に着こうと思うタイプだった。つまり今と変わらない。何度も言うが、家から出て現地に着くまで寄り道もせず、ちょうどの時間にスッと現地に着くのが理想だ。そこを目指しているので多少遅れる。でも、ロスを見越して動くと早く着きすぎてしまうのだ。

 僕は、学生時代からピッタリ到着を理想形としつつも、当時はロスを見越した「早め設定」で待ち合わせ場所に向かっていた。多分それは正しい。そう思いつつ、自分の中では納得していない。理想形からは離れてしまうし、ロスを見越している余裕の分、無駄な寄り道などで調整してしまうのだ。

 大抵の待ち合わせでは、早めに着いてしまう。学生数人で待ち合わせたりする場合、絶対に遅刻するヤツがいる。そんなヤツに限って、時間通りに来た人を見下した発言をしてヘラヘラ登場する。腹が立つので置いていけば良いのだが、なぜか自然に全員揃うまで待ってしまう。みんな優しいのだ。

 そんな遅刻する輩を待っているせいで、僕の時間は早く来た分だけロスが加算されてしまう。そして、いつの間にか僕も時間にルーズになった。ルーズとは言っても、先の遅刻してヘラヘラしているような下等生物とは位相が異なる。僕が目指したのは、最初に宣言した通りの時間ピッタリなのだ。

 最初の会社に入った頃から、僕の時間ピッタリ出社は始まった。とはいえ、会社は出社した時間には仕事を始められる準備が完了していなければいけない。だから定時の15分前を目指して、そこにピッタリ着くように家を出ていた。そうすると、結果的に毎日「始業時間ギリギリ」に着くという。

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電車の運転席を見ていると、その時だけ懐中時計が欲しくなる。