あの夜の熱をふたたび

 出張先での酒場探しは、呑兵衛の生き甲斐だ。サラリーマンが出張に行きたがるのは、土地土地の女(もしくは男)と浮気をしているのでなければ、夜の酒場探しが楽しみだからだろう。中には下戸の人もいるだろうが、そんな人もランチや晩御飯で、その土地の名物を食べられるのは楽しいはず。

 県またぎの移動を遠慮してしまう状況の中では、このような楽しみはお預けである。この程度は我慢できるが、おもいで酒に酔いしれるのは許してもらおう。もう十年くらい前のことだが、浜松で入った居酒屋で見知らぬ客同士盛り上がってしまったことがあった。僕にしてはかなりレアケースだ。

 僕を含めた3人の同世代の男が、その居酒屋で各々バラバラに飲んでいたのだ。従業員が話を振って来るので、それに返事をするような形でそれぞれ会話していた。すると、何かの話題が別の客とマッチングして、そこで会話のキッカケが生まれた。正直、知らない人と話すのは面倒くさいのだが。

 とは言え、共通の話題があってコチラも興味が湧いて来たので、話は徐々に深まって来た。すると、もうひとりのカウンターの客も寂しくなったのか、話題に加わって来た。このもうひとりの客は、少し前まで他の連れと一緒にテーブルで飲んでいた。それが、一度出て行った後に戻って来たのだ。

 そんな話を振ると、その人は「さっきの人との話がつまらなかったので飲み直すために帰って来た」と言うのだ。我々の外見から「同世代だと思って」と、話を聞いてくれモードになった。結局、3人で話す流れになったが、そうなった途端に最後に加入した男が、途切れることなく話しはじめた。

 その男は医者で、比較的おもしろ方面の病院あるあるを話してくれたので興味を持って聞いていた。ただ、序盤から薄々気が付いていたのだが、この男はろれつが怪しい。どう見てもベロンベロンだ。それでも楽しかったのだろう。最後には携帯電話の連絡先を交換したのだ。もちろん連絡はない。

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近い将来、商店の軒先でビールの箱に座り、カップ酒を飲む日が来るだろう。