ネガティブ想念を散らせ

 自粛生活によるストレスから、報道などの細部に腹を立てて呪詛を呟いてしまいそうになる。もちろんフィジカルな文句はいつも言っている。独り言というヤツだ。でも、エスエヌエス等で呟いて拡散しようとは思わない。そこの理性はまだ効いている。ただ、このストッパーが軋みはじめている。

 まあ、個人の僕がどの媒体で何を呟いたからと言って、ちゃんと読むフォロワーの数なんて知れている。拡散というより、周りから「アイツ、壊れかけとるな」と心配されつつ距離を取られるだけのことだ。小さい行動範囲の中で孤立したからと言って、生活の上ではそんなにダメージはないのだ。

 それでも、その半径数メートルの仲間にすら心配されるようなら、変なことは呟かないに限る。根が楽観的な僕には精神的ダメージは少ないと思っていたのだが、このコロナ禍で少なからず綻びが生じ始めている。僕は面倒臭がりなので出不精に思われがちだが、気持ちは常にアウトドア派なのだ。

 外出しないのと、外出できないのとでは大きな差がある。そして、自粛というのは、個人の意志として「外出しない」方を選択しましょうという圧力であるから、本来の僕のアウトドア派を押しつぶしに来るのだ。こうやってグウタラな隠れアウトドア派は、人知れず気持ちが荒んでいくのである。

 この頃、読書をしていても、その小説世界の登場人物が普通に外出していることに違和感を抱いてしまう。外出するのは普通の行為だ。現在の外出を控えるよう要請されている世界は、非常事態である。だから同一線上に重ねてはいけない。でも、創作よりもハードな現実を生きているのは事実だ。

 考え方を他人とシェアさせていないと、自分の持論だけで発想から結論まで進んでしまう。ネガティブ想念が生まれると、なかなかポジティブ転換しにくくなってしまう。外的刺激がない世界では、自分の敷いたレールの通りに進んでしまうのだ。心の安定を得るために、とりあえず誰かと話そう。

f:id:SUZICOM:20200518145707j:plain

会話の脱線は楽しいが、現実の電車は絶対に脱線しないでほしい。