ドントウォーリーを探せ

 ちょうど話せるくらいの人と街中でバッタリ出会うという経験がほとんどない。たまたま会って、両方が同時に気がついて「あ、どうも」くらいのことは何度かある。でも、会った瞬間に「おう、久しぶり。このあと昼メシでもどう?」などと誘うようなタイミングの良い出会いは、一度しかない。

 いや、忘れているだけで実際は数回あるかもしれないので、その辺は回数を記さないほうが良いかもしれない。ただ、そこは話の流れで「一度しかない」と決めつけておいたほうが読み手が受け入れやすいだろう。自分の中でも、いま思い出せるのはそれしかないのだから。なので、一度しかない。

 それは、大学を卒業して間も無く、学生気分も抜け切らない半端な社会人の頃である。学生時代によく買い物に行っていた下北沢で、相変わらず学生気分で古着をほじくり返していた。昨日もここで記したが、中年になると短パンが似合わなくなる。でも、当時はまだ短パンが似合う男だったのだ。

 リゾートでもないのに黄色いTシャツに白い短パンという浮かれた格好で街を歩いていた。もちろん当時は「浮かれている」って気分もなかったはずだ。いつも巡るコースを惰性で歩いていると、正面から見覚えのある女子が歩いてきた。最初は「似てるな」という感じで見ていたら、本人だった。

 目が合ったので声をかけた。いや、声をかけられたのかもしれない。僕はそんなに社交的な方ではない。でも、その時はちょうど「本当に街で知り合いに出会うことってないよな」と考えながら歩いていたので、ちょうど心構えができていたのだ。そういう心理的な余裕があったことは覚えている。

 ちょうど昼過ぎで、ランチの食べどきを逃したと思っていたので、スパゲティを食べることになった。そこまでは覚えている。それ以上の細部は忘れたが、別にそこから甘い恋に発展したワケではないし、それから音信不通だ。ただ、街中で知り合いと会った時の理想的な展開として記憶している。