すかすかストレージ

 自宅待機を余儀なくされている状況なので、ほとんど最近のエピソードが更新されない。家にいても刺激的な出来事は起こらないし、家に刺激を持ち込みたくもない。だから、こういう場で記すネタなどは、思い出を掘り起こすことになる。すでに、かなり掘ったので、そろそろ底が見えてきそう。

 ただ、中年になると同じ話を何度も繰り返すので、ほぼ再録のようなことは起こりうる。同じ話でも、違うエピソードの例え話なら、引用と言い換えることもできる。ひとりの人間の脳から発信しているブログなので、限界はあるのだ。でも、エピソードではなく、発想ならば家にいても思いつく。

 独身をこじらせて、諦めかけてくると、独身仲間との楽園を作りたい妄想が湧いてくる。例えば、みんなでアパートを買い上げて、寮生活のような暮らしをはじめるのだ。それぞれの日常があり、各々の趣味があり、それらに過剰な干渉はしない。ただ、独身の寂しさを紛らわす一体感だけがある。

 いまでも酒場がその役割を果たしているのだが、その酒場だって永遠にあるわけじゃない。その店は、店主のためにあるのだ。僕のために営業しているわけじゃない。だから、店主の都合でいつ閉めるか分からない。それなら、自分たちの居場所を確保しておいた方が安全だ。何に対しての安全だ?

 終の住処という言葉がある。人生のラストを迎える住居のことだろう。僕は、山や海などの極端な自然の近くで暮らしたことがない。だから憧れはある。毎日、山や海を眺めて、絵でも描きながら朽ちていく生活も良いかも。その条件で探すなら、静岡が理想的かもしれない。でも、きっと飽きる。

 飽きないための共同生活だ。ひとりでいる自分には飽きても、他人といると別の面が出てくる時がある。そんな自分の側面に、我ながら驚くのだ。いや、驚きたいのだ。自分の能力というか、まだ見ぬ可能性に期待しているのだ。今もここで自分の可能性に期待したが、たいした発想は出なかった。

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海沿いに住むなら、家からキリンが見える場所が良いな。まず、無いな。