肩寄せ合って同じ釜の飯

 大学時代は、新入生の年度だけラグビー部の寮で過ごした。寮生活は楽しかったのだが、部屋割りで先輩から選ばれず、母屋の2階を割り当てられてしまった。それは、寮では「食当部屋」と呼ばれ、食事当番として浪人生が住み込む部屋で一緒に暮らすことになった。同級生なので気楽ではある。

 母屋なので、大家さんが1階の食堂の奥に住んでいる。2階に住む我々は常に階下の気配を意識しなければいけない。あまり騒ぐとキャプテンにチクられるので、消灯の時間にはおとなしく寝ていた。いや、僕は本当に練習がツラかったので疲れて寝てしまってたから、他の部屋のことは知らない。

 他の部屋は、上級生から下級生までが散りばめられている。部屋で先輩が後輩をイジめるようなことはなかったが、面白くない部屋に割り振られた1年生は消灯時間ギリギリまで僕の部屋にいた。そこで騒いで部屋に戻って行くので、大家さんには「2階のアイツらうるさいな」と思われただろう。

 食当部屋はふた部屋あり、向かいにも同じような組み合わせの同級生が住んでいた。どちらもデカイのだ。だから、先輩が「部屋が狭くなる」から取りたがらなかったのだ。寮で先輩への気遣いをしなくて済む分、先輩と親しくなる機会もない。そのせいで、卒業しても上級生は異様に怖く感じる。

 寮での食事は朝晩出るのだが、僕はこの食事が楽しみだった。先輩からは「もっと太れ」と、ご飯を大量に盛られる「オニ盛り」が恒例行事だったが、そんな量は屁でもなかった。たくさん食べられるし、オカズの種類も多くて充実したメニューだったと思う。他の連中は何故か不満そうだったが。

 今にして思うと、大学まで部活をさせられる家庭はお金持ちが多いんだと想像できる。我が家は親に無理をさせてしまったが、他の連中は割と金持ち然とした生活をしていた。だから、寮の飯にも「うちの方が美味い」というような不満があるのだろう。ただ、卵焼きが甘いことは僕も不満だった。

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寮では、先輩に遠慮してサラダは控えめにしていたが、本当は無限に食える。