ショートカットのならず者

 学生時代は部活の遠征でいろいろなところに行ったような気がするのだけれど、やることはラグビーの練習か試合だけなので、その土地のことはあまり覚えていない。合宿では、朝の練習以外は練習試合ばかりなので、その合間に多少の空き時間はある。でも、体が疲れ切っているので寝るだけだ。

 ただ、上級生になってくると、空き時間を持て余す程度には体力的な余裕が生まれる。その頃の僕は、出先で髪を切るというのに凝っていた。髪型を気にしないので、誰が切ったって同じなのだ。それならば、近所の床屋ばかりじゃなくて、なんの縁もゆかりもない土地で切ったところで問題ない。

 ある合宿で、公式戦の前乗りで試合会場の近くに泊まった時、午前中はバス移動で午後から練習ということだった。宿舎の近くに床屋があるのを気に留めていた僕は、昼食後の練習時間まで結構空くので「切っちゃおう」と思い、その床屋に向かった。午後の練習で突っ込まれる程度に短く刈った。

 その床屋でのやりとりは一切記憶覚えてないが、午後の練習で集まった時に先輩から「あれ、なんか短くない?」と言われた時は、小さな達成感があった。学校で練習している時に髪を切ったところで、それは日常なのだ。でも、知らない土地で床屋に行っただけでこんなインパクトを与えられる。

 これが1年生の頃だと、こうはいかない。同部屋の先輩に付いて、身の回りの世話をしなければいけない。とは言っても、別に靴下を履かせるとかトイレの世話をするとかの介護ではない。ただ、部屋に居残って用事を言付かった時に動けるように待機せよ、ということだ。平たく言えばパシリだ。

 僕は2年生だったと思うが、そこで後輩に「自由とはこの程度のことなのだよ」と背中で語ったつもりはない。でも、僕が宿舎の斜め前の床屋に向かう時に小さな自由を感じたのは覚えている。しかも、知らない土地で髪を短くする行為は再出発の感じもある。まるで逃亡者のイメチェンのように。

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知らない土地は、細部に慣れない仕掛けが施されていて落ち着かない。