言ったらお終いのはじまり

 僕はこれまでに3度ほど会社を辞めているけれど、回数を重ねると、退社届けを出す時の気まずさにも慣れてしまうものだ。そんなものに慣れる必要はないのだけれど、その素養は学生時代からあったかもしれない。僕が最初に辞めたのは塾だった。中学生の時、周りの影響で入った学習塾である。

 高校受験を前にして、周りの学力が急に上がったので焦ってしまったのである。それまで勉強してなかった人が頭角をあらわし、一般的な理解力だけで勝負してきた僕は自然に落ちこぼれてしまった。それまでは希望校が余裕の範囲だったのが、その範囲から下にハミ出しそうになって慌てたのだ。

 ところが、塾に入ったらさらに学力が落ちてしまった。塾での課題とかをやっている分、リアルタイムの勉強が疎かになったのだろうか。自分としては、塾で習ったのは勉強するコツというか、勘所のようなもの。要所をつかむ要領と言い換えてもいいだろう。そういうテクニックの話が多かった。

 塾に頼っても無意味だと思ってしまった。当たり前の話だが、受験するのは自分だ。塾が教えてくれることは一度聞けば十分な技術論で、しかも僕の趣味じゃない。一緒に入った友だちが塾での立場を固めるのを尻目に、まるで劣等生のようにその塾を去った。辞めた直後は軽い劣等感もあったが。

 それ以降は塾や予備校などに通ったことがないので、学校以外の「塾人格」のようなものに憧れたりもする。僕のように、学校生活をメインだと無自覚に受け入れていると、それ以外の他人の生活は見えない。でも、学校サボって塾ばっか行ってたという人もいる。人それぞれの居場所があるのだ。

 高校に入った僕は、ラグビー部に入るつもりだったのに思いがけず寄り道することになる。幼なじみの先輩から陸上部に誘われ、仕方なく1年間だけ入部した。2学期が終わる頃、その誘った先輩が陸上部を辞めたので、当然僕もラグビー部に入るので辞めた。その退部は少しも気まずくなかった。