キープ・オン・ランニング男

 高校の同級生で、陸上部の仲間だった男に10年ちょっと前に再会した。30歳は過ぎていたと思うが、その男はまだ走っていると言っていた。健康のためにジョギングしているとかの話ではない。その男の専門は短距離で、いまでも大会に出ているのだそうだ。そういう道もあるんだなと思った。

 彼は当時のことをよく覚えていて、それは恨み節のようなところもあった。彼より良い記録を持っている先輩が途中で辞めてしまったことや、その先輩の後を追うように僕も辞めたことを咎めるような感じで突いてきた。僕はラグビー部に転部するために辞めたので、後のことは考えもしなかった。

 ある場所を去るということは、残された人を裏切ることでもあるのだ。僕にとってラグビー部への転部は既定路線だったのだが、そんなことは周りの人間は知らない。僕がその高校を選んだのはラグビー部があるからだが、先の先輩(僕の幼なじみでもある)に懇願されて仕方なく陸上部に入った。

 その先輩が辞めたから、僕が陸上部に残る理由はなくなったのだ。とは言え、今までいた場所を去るのは面倒だ。中学から陸上部だったので、記録が伸びる楽しさや、フォームがハマった時の試技の爽快感も知っている。だから居続ける方が楽なのだが、辞めると決めてからの動きは軽快そのもの。

 顧問の先生に「ラグビー部に入りたいから」と退部理由を言うと、意外とスンナリとは受け入れてもらえなかった。その時期、先の先輩のほかに何人か退部する人が出ていたのだ。僕もそういう連中に引かれて辞めるものだと思われたのかもしれないが、その足でラグビー部の顧問にも挨拶をした。

 そうやって僕が切り捨てた陸上部に残った彼は、それからも走り続けていたのだ。高校を卒業してからも、社会人の大会にエントリーしていたわけだ。100メートルにこだわり、その記録は少し伸びているようだった。それでも先の先輩の記録には及ばないと悔しげだ。納得するまで走れば良い。

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このジョギングコースは高校時代の通学路と並走する道。進化のない男です。