スノーボール&ストーン

 雪が降ると思い出すのは、幼い頃の雪合戦のことだ。荒い地域で育ったので、雪合戦も誰かが泣くまでやる。泣くのはいつも幼い頃の僕だった。泣いたからといって誰も優しくなるわけじゃなく、蔑んだ目で見下されるだけだ。それでも、その暴力雪玉当てを止めるためには仕方ないと思っていた。

 近所の子供だけで集まる時は、必ずガキ大将の号令のもとに遊ぶのがパターン化していた。選択肢はないし、そこに疑問を感じてもいなかった。そのガキ大将は5歳くらい年上だったので、遊びが次第に彼の命令で動く感じになっていった。いまで言う無茶ブリというやつで、だんだん過激化する。

 あるときの雪合戦で、僕は彼が雪の中に石ころを入れるのを見てしまった。「こうした方が固くなる」と不敵に笑うガキ大将のことを不気味に思ったものだ。当然のことのように「お前もやれ」と言われて、その場でひとつ石ころ入りの雪玉兵器を作ったが、ノーコンを装って投げ捨ててしまった。

 その後、ガキ大将が長じるに従って遊ぶことはなくなるのだが、この石入れ事件以降、雪合戦が少し怖くなった。雪合戦でイチバン盛り上がるのは、相手の顔面にヒットした時だ。その顔面に雪が爆ぜる感じが爽快感なのに、石が入っていたら流血の惨事になってしまう。遊びが事件化してしまう。

 この程度の小トラウマを抱えるくらい、あの時ガキ大将が混入させた石は大きかったのだ。ガラスが割れるくらいの大きさといっても、投石でガラスを割った経験がないと伝わらないのかもしれない。でも、たぶん難なく割れる程度の石だ。川遊びの水切りで飛びそうな石と言えば伝わるだろうか。

 あのガキ大将は、僕が中学生になった頃にバイク事故で亡くなってしまった。良い思い出もあるはずなのだが、思い出すのがこの手の荒い記憶ばかりなのは、やはり嫌なことの方が印象が強いからだろう。当時の年上の人は不良しかいなかったので、当然のように不良化した彼は最初の反面教師だ。

f:id:SUZICOM:20220108124421j:plain

かくれんぼで上手に隠れていたら、見つけてもらえなかったことがある。