悲鳴に耳を澄ませろ

 自分では誰にも迷惑をかけずに生きているつもりでも、実は他人にしっかり迷惑をかけていることがある。逆恨みというほど具体的な心当たりがある出来事がなくても、気に食わない要素が僕にある場合はあるだろう。もともと他人に好かれる人生ではないので、何が引っかかるかは想定できない。

 自分が嫌われ者かもしれない要素に思い当たるフシはないが、嫌われていたんだろうなという証拠のような出来事はあった。中学生から高校生にかけて、謎の嫌がらせで不愉快な日々を過ごしてきた。そういう軽犯罪に関しては、公的な捜査機関の手間を取らせずセルフで処理しようと思ってきた。

 結局、ホシを挙げることはできなかったが、今でも許さないという気持ちを持ち続けることでヤツらへプレッシャーを与え続けている。〈ヤツら〉というのは、ホシは複数いるからだ。僕への嫌がらせは中学校からはじまる。僕の上履きの母指球の辺りに切り込みを入れるという謎の細工がそれだ。

 僕が上履きを買うと数日のうちに毎回おなじ箇所に切り込みが入っている。最初のうちは小さめの上履きが悲鳴を上げて裂けたのかと思っていたが、どうやら耐性の問題ではなかったようだ。毎回おなじ箇所が裂けるという怪現象には理由があったのだろう。もっと真剣に探偵活動するべきだった。

 愛の対義語は無関心などと言うので、憎まれることは愛の裏返しなどとも聞く。相手に興味がある時点で、それは広義の〈愛〉だという考え方だ。嫌がらせでも、それは対象者への何かしらメッセージなわけだ。いまなら察して考えてみるが、中学・高校生の僕は何も考えられずにただ恨んでいた。

 高校に入ると100%自転車通学になる。帰りに駐輪場に行くと、かなりの頻度で自転車がパンクしている。最初のうちは自分の体格のせいだと思っていたが、ある時タイヤのバルブ自体がなくなっていた。僕が捨てるわけがないので、犯人がいる嫌がらせだ。こんな謎の悪意も流せるようになる。

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強めの地震が来ると必ず崩れる本棚。これも誰かの悪意による嫌がらせか。