ネガティヴ不発弾の誤爆

 気心知れた仲間と一緒にいると、つい本音がこぼれてしまう。僕は、普段からネガティヴなことにフタをして話しているので、そのフタを開けてしまうのだ。最初は恐る恐る開けて、でもちょっとフタをズラすと、中からネガティヴがぬんと顔を出す。酔いに任せてドス黒い負の感情が溢れてくる。

 とは言え、普段ネガティヴなことを言わないのは、そんな発言をした後の自己嫌悪が酷いからだ。悪口を言うのも聞くのも好きではない。それは善人ぶってるのではなく、ネガティヴな感情に支配されるとどこまでも堕ちていきそうな恐れがあるからだ。深くて魅惑的な闇の誘惑に勝てそうにない。

 だから、酒場でもギリギリのラインで悪口を回避しようとする。そんな様を見ている人間からしたら「悪口くらい言っちゃえば良いのに」と思うらしい。人間が善人パートだけで成立しているわけじゃないと、みんな知っている。僕もたまにはダークサイドを解放した方が、心の健康に良いようだ。

 昨日は酒場の店主が定休日だったので、知った顔の仲間らと近所のお好み焼き屋で飲み食いした。寒い日は鉄板を囲んで、ホカホカしながらの飲み食いが楽しい。酒量が増えるにつれ、僕の口も悪くなる。でも、ネガティヴボックスのフタは開いてしまった。もう「どうでも良いや」と言う気分だ。

 飲酒時の記憶はいつだって曖昧だが、昨日はそんなに乱れてはいないと思う。そこにいない誰かの悪口を漏らしてしまったが、それは普段から本人にも多少は言ってる話なので許容範囲だ。それよりも、悪口じゃない部分のカギが開いてしまった。普段は見せない優しさを不用意に見せてしまった。

 酒場の人間関係で、みんなが腫れ物に触るようなアンタッチャブル案件がある。長らく放置してしまったので、今さら手遅れなところもある。でも、その腫れ物は現在進行形で腫れ続けているので、本気で処置するべきなのだ。それに関して迷惑を被っている人間に、期せずして優しく接していた。

鉄板で焼く牡蠣は最高に美味い。腹が満たされたのに心は荒むという反比例。

文字の羅列と踊ろうぜ

 本を読むということは、少なからず知識を得ることでもある。僕はエンタメ小説かノンフィクション系しか読まないが、常に本を手元に置いておきたいと思っている。それはマンガを読む感覚と大差ないのだが、他人の目からは文学的な気取りに見えることもあるらしい。まったく文学ではないが。

 僕が考える文学的な小説は、テストで出てくるような作家陣の作品群である。明治期から昭和初期の、暗かったり変態性が強かったりする作家の著名な小説をイメージする。前評判や序列を聞くだけで、なんとなく作風を想像している部分もある。あとは、テスト問題で部分的に読んでいたりする。

 そんな文学系の小説に関しては、実はほとんど読んでない。読書が趣味と公言するなら、基礎教養として芥川龍之介太宰治は読んでおきたいところ。でも、僕はどちらも買って読んだ経験がない。国語の教科書で部分的に読んだことはあるが、勉強の枠を超えて趣味的に読もうとは思わなかった。

 広義の解釈をすれば教科書は買ったものなので、そこに載っている作品群はすべて買って読んだと言っても全然問題ないと思う。でも、小説を部分的に切り抜いて読ませる教科書の文章が作品全体を表現しきれているとは思わない。やはり、それはお勉強の範疇だ。恣意的に切り取られたパーツだ。

 僕は国語のテストが好きだった。入試でも、長文読解はなんらストレスを感じなかった。本質的には答えなんかない問題だという意識を持ちつつ、それでも出題者の意図を軽々と理解して読み解くことができた。正解を導き出すことは容易で、それでも本質は別だと感じて小さく胸を痛めたりした。

 とは言え、結局そこは答えなんてない。本質というか、作家が意図することを読み解こうとすると、テストの解答からは逸脱する。作家自体はテストの問題として文章を考えたわけではないのだ。この国語のテストに関するモヤモヤはずっと残っている。現代の学生は、どう解釈しているのだろう。

寒い季節は家に籠るので本を読みたくなる。また大量に買い付けなくては……。

パーティ・クラッシャー

 昨年末に大学のOB会に期せずして参加した時に、急に終わりの挨拶をふられた。久しぶりに顔を出したので「なんか言えよ」的な軽いフリだったのだろう。でも、学生時代の僕は宴会でウケを狙うタイプだった。こういう場面に来ると、当時の自分がフラッシュバックする。それは呪いでもある。

 スポーツ推薦的な大学生活だったので、部活の中で生きていくしかなかった。特に高校時代に下積みがあったわけでもなく、また弱小クラブだったので目立った成績も上げてない。そんなスペックで部活ライフをサバイブするためには何かしら生存戦略が必要で、それが僕にとっては宴会芸だった。

 特に芸達者ではなかったのだが、子供の頃から通信簿に「ひょうきん者」と記される程度には明るく快活な子供だったと思う。その頃の記憶を引っ張り出して、ひょうきん者を憑依させた謎の宴会芸を披露していた。最上級生はスベり芸的に笑ってくれたが、同期たちからは冷笑されていたようだ。

 そんな記憶が、この大学OBの宴会という場に来ると蘇る。そして、当時の気分に戻ってしまう。誰も頼んでいないのに、ちょっとしたオモシロを出そうとする。我から積極的にスベりに行ってしまうのだ。それはサービス精神から来ていると思う。誰も待ってないサービスだとわかっているのに。

 そして、僕は歌っていた。大学名物のなんちゃら踊りのメロディを口ずさんでいた。その様子はとても痛々しいのだが、どこか冷静に見ている自分がいる。日常的に暴力をふるわれている子供が多重人格化する現象のように、スベっている最中の僕は意識をシャットダウンしているのかもしれない。

 あの日のことを思い出しても、まあ正解の挨拶は考えられるけれど、あの立場になったら再び宴会芸ロボに擬態してしまう気がする。特に味方が少ない場だと、その呪いが発動しそうである。いっそ宴会芸の精度を上げた方がマシかもしれない。そういう意味で振り返っても、あの日は最低だった。

人前でスベるとメンタルにくるので、濃い濃いラーメンで平常心を取り戻せ。

なぜかモーターサイコー

 僕はバイクに乗ったことがない。後部座席に乗ったことはあるが、公道を自分で運転したことがない。普通免許に付属されている原付ですら教習所でしか運転したことがない。バイクに対する憧れというか、理想像のようなものはある。小さめのオフロードバイクを乗りこなしたい気分が軽くある。

 そもそも思春期にバイクに憧れなかったことが大きい。近所のガキ大将がバイク事故で亡くなったので、あまりそこに惹かれなかった。当時はヘルメットがマストじゃなかったので、転倒すると高確率で命に関わる。そのことが壁になっていたのか、長い間バイクへの関心が向かずに過ごしていた。

 実際に今でもバイクに乗りたい衝動のようなものはない。ただ、避ける気持ちもない。実際的な問題として原付しか乗れないので、あのサイズのバイクに乗りたいとは思わない。乗るならある程度の大きさがないと、背の高い人間には似合わないだろう。だから乗るならいわゆる中免が必要となる。

 時間的にも経済的にも余裕がないので、免許を取ろうとは思わない。だからバイクにも乗らない。バイクのない人生で終わるかもしれないが、そんなに後悔はしない。そう思っていたけれど、昨夜、夢の中でバイクに乗っていた。運転に不慣れな僕を仲間が先導してくれた。妙にリアルな夢だった。

 夢の中で、先を行く友達が荷物を落として、それを避けた対向車が事故を起こした。対向車がトラックで、運んでいた荷物に傷がついたとのことで高額請求されていた。なんとなく、僕のために先導してくれたことへの責任を感じていた。友達は憔悴しきっている。僕は励ます言葉も見つからない。

 そこで目を覚ました。友達が誰だったのか覚えてないが、事故の後処理の煩雑さと落ち着かなさだけが残っていた。やはり、バイクに乗るのはやめよう。そういえば、ただ一度だけ公道で運転したことがあった。南インドの街で、旅先で出会った女の子を追いかけていた。あれも夢のような光景だ。

あの子を追いかけて、小型バイクで駆け抜けた南インドのとある町の夕暮れ。

崩壊寸前のヘイター通信

 悪口が苦手な僕だが、それは「悪いことを言うと自分に返ってくる」という道徳めいた言葉を信じているからだろう。あとは、大勢で悪口で盛り上がった後の居心地の悪さを感じるくらいなら、まったく悪口を言わない方がマシだと思ってしまう。心の健康のために悪口を避けるようになったのだ。

 もちろん嫌いな人間はいるし、割と好き嫌いは多い方だ。そもそも大きな声で悪口を言うヤツは苦手だし、なるべく注意するようにしている。注意という姿勢が「上から目線」に感じるので、たいていは聞き入れられない。そんなことよりも、悪口で盛り上がった場を盛り下げたことを注意される。

 僕は優等生ぶって悪口を諌めているわけじゃなく、騒音を注意する感覚で「ちょっとボリューム下げてよ」くらいの感じで言っている。僕がいない場所でなら勝手に悪口を言えば良い。ただ、僕の悪口を言われるのは腑に落ちない。でも、たぶん言われるだろう。マジメぶってんじゃねーよ、的な。

 悪口を大声で言う人以外にも、僕には嫌いな人が多い。そうやって関係性を整理している割に人付き合いが途絶えないのは、周りに出来た人が多いからだろう。好き嫌いの多い人間は孤立する印象があるが、比較的仲間との関係は良好だったりする。みんな我慢して付き合ってくれているのだろう。

 昨年末に同級生と飲んだ時に、僕の嫌いな人間の話題になった。そこで「何がそんなに嫌いなんだ」と本質を問うようなことを聞かれた。聞いた当人としては話題を提供したくらいの気やすさだったのだろう。でも、僕はその話題をずっと避けていたので、そこで本当の気持ちは言いたくなかった。

 それでも食い下がってきたので、仕方なく話そうとした。ところが、思い出そうとしても言葉が出てこない。思い出さないようにし続けてきたせいで、忘れかけているようだ。結局は後日思い出すことになって、またちょっとイラッとしてしまった。でも、あと数年したら忘れられるかもしれない。

森の向こうに見え隠れする赤い橋のように、ネガティブな記憶は消えてほしい。

ハイプレッシャーライフ

 以前の職場の同僚で、今でも月に一度は顔を合わせる人間がいる。僕は外部スタッフとして関わっているだけなのだが、彼はその事務所の専任スタッフである。いつも事務所に泊まり込んでいるので、外見が酷いことになっている。その事務所はガスを引いてないので、風呂にも入れないのである。

 近くに銭湯があると言っていたから、体臭が限界を超えたら銭湯でリフレッシュするのだろう。でも、風呂上がりでポカポカしちゃうと眠気が襲ってくる。締め切りに追われて泊まり込んでるのに寝落ちしていたら、何のための無理だか分かったもんじゃない。そもそもが無理ゲーではあるのだが。

 長年同じ仕事をしているのだが、毎回締め切り間際には忙殺されている。当初は彼の忙しさのおかげでその仕事が完遂されていると思っていた。外部から見ると、その職場でひとりだけボロボロになっている。だから、中にいない人にはそう見える。でも実際は仕事の割り振りが下手なだけなのだ。

 その事務所の社長は彼とは長い付き合いだ。ある時期はとても仲良く見えた。でも、最近では明確な主従関係が築かれている。社長からの電話に怯え、話す声が震え、普通の会話でも言葉がスムーズに出ない。そうやって慌てるから余計に不信感を買い、結局は普通の会話が大説教に変わっている。

 昨日もその事務所の仕事があったので、そこで彼の姿を見かけた。相変わらず泊まり込み何日目かという感じで、虚な目をしていた。そのうえ、何かやらかしたらしく、社長がどこかにお詫びに行くところだった。同じ職場にいた頃も周りの仕事を増やすタイプだったので、その資質は健在らしい。

 そんなやらかし体質を見越して仕事を振らないから、社長も自分が動かなきゃ収まらないことになる。この件でまた借しを作ってしまったので、彼の無理ゲーは続く。もはや信用を勝ち取るのは至難だが、そこ以外で生きて行けるとも思えない。せいぜい体は大事にして欲しいものだが、体も弱い。

ストレスの強い職場で働くなら、大好きなラーメンで自分を甘やかすしかない。

ヤングアダルトの式典

 子供の頃は本屋によく行っていた。立ち読みしやすい本屋を何軒かハシゴして、ヒマな時間を埋めていた。その頃の薄ぼんやりとした記憶で、棚のコーナー名に「ヤングアダルト」と記載されていた。当時は何のことかわからず、その言葉の響きからエロスの要素を嗅ぎ取ってほほを赤らめていた。

 調べたら、子供向けと大人向けの中間くらいのミドルティーンをターゲットにした感じのようだ。わざわざ表記するような特化したジャンルとして成立したのだろうか。もしくは店主の気分で分類したのか。そうだとしたら、その店の意志を感じるが、本屋通いしていた頃は何も嗅ぎ取れなかった。

 成人年齢が18歳になったと聞いていたが、大半の自治体が今年の成人式の対象年齢は20才だという。僕はあんな式典不要だと思っていたし、今でも要らないと思うが、確かに特定の世代だけ成人式がないというのは不公平だと思う。どこかで3世代合同成人式が行なわれることになるのだろう。

 サブカル界隈の50代男性が「成人式に出なかった、または馴染めずにすぐに帰ってきた人間は何歳になっても大人になれない」と言っていた。そんな人間がサブカル界隈に多いから、実感としてあるのだろう。この場合はアダルトチルドレンと呼ぶのだろうか。僕も、成人式には馴染めなかった。

 今日の出がけに駅に着くと、改めて祝日だったことに気がついた。晴れ着を着た娘の写真を撮っている母親の姿を見かけて、やっと成人の日だと理解した。自分からかけ離れた事象には無関心になりがちだが、成人式には警戒するべき点がある。酔った若者の集団が荒れ狂う場に遭遇しないことだ。

 比較的出不精な僕が、何故かこの日に限って外出することが多い。その出先で必ず成人ルックの団体に道を塞がれる。半分以下の年齢の子供たちだと思って大らかな気持ちを偽装しようと思うのだが、いつも上手くできない。団体への恐怖が反転してイライラとなり、その気分を抱えて酒場に行く。

アフリカの某部族に伝わる成人の儀式がバンジージャンプの祖だと思っている。