ブラック・ベンケイ・クラブ

 酒場の仲間が近所の川でカニを取ってきたと言って、行きつけの居酒屋の軒先に置いていった。そのカニは、僕が子供の頃に慣れ親しんだクロベンケイガニだ。河原で遊ぶうちにカニの存在を認識して以降、カニ取りに夢中になった。土手の小穴に生息しているので、穴の横に棒を刺して誘い出す。

 別に飼育目的でも、また食用でもなく、ただ単に捕まえることが楽しかった。難易度の高い穴を攻略して、大きくてハサミの赤いレア物をゲットするのが最上の喜びだった。一応、捕まえたカニは河原に落ちている適当なプラスチック容器に一時保存しておく。でも、それらを持ち帰ることはない。

 川で遊ぶ僕らは体感として知っている。このカニは「家で飼うには臭い」ということを想像できるのだ。川は基本的には臭いものだ。雑多な漂着物が放つ異臭によるものだが、その漂着物の間を蠢いているのが、このクロベンケイガニだ。そのせいで悪臭の発生源というイメージがついてしまった。

 その頃の僕らの獲物では、ザリガニも定番としてあった。ザリガニは、最初だけは駄菓子のイカで捕まえる。でも、1匹捕まえたら、そのザリガニを餌にさらに大きな獲物を狙う。ザリガニの尻尾を引っこ抜き、剥き身にして紐にくくりつけて取るのだが、この共食い漁法が最もポピュラーだった。

 僕らにとってザリガニは無限にあるように思えたので、餌の扱いは雑だった。何匹か捕まえると尻尾の剥き身が原型を留めなくなる。そうなると、捕まえたザリガニの中から最小の獲物が犠牲者となる。こうして近所のドブ川では、毎日のように大量のザリガニの上半分が水中を漂っていたものだ。

 ザリガニに比べるとクロベンケイガニの扱いは紳士的すぎる。あの残酷なクソガキどもが、ただ取って放置するだけなのだから。それは、あのカニの可愛げのなさに起因する。捕まえ方を間違えると手をハサミで挟まれるし、形状的に生命力が強そうなので扱いに困ってリリースするしかないのだ。

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クロベンケイガニを「食べられないかな」と言っていたので全力で否定した。