残留スペルバウンド

 子供の頃に聞かされた怖い話は、いま思い返すと微笑ましいものばかりだった。その中でも「今夜12時までに『あぎょうさんさぎょうご』という呪文を解かないと殺される」という話は衝撃的だった。幽霊がどうとかの話を超えて、いきなり殺されるのだ。呪文は解けなかったが僕は生きている。

 いや、カッコつけるのはやめよう。ここでは事実を記すべきだ。僕が先の呪文を聞かされた時、周りの人が次々に呪文の意味を解いて笑っているのを見ながら焦りを感じていた。中には「どうするの? 死んじゃうよ」などと冷酷な言葉を投げかけてくる者もいる。僕は次第に恐ろしくなっていた。

 もう呪文を解くという発想はなく、僕はただ恐怖に怯え、かるいパニック状態で周囲の同級生に泣き叫ぶように「死にたくないから教えてよ」と引くくらい懇願したのだ。それで教えてもらった呪文の答えは「うそ」である。文章を文字にすれば簡単で、要は「あ行3、さ行5」という言葉遊びだ。

 今でも、その呪文が僕に呪いとして効いていると感じることがある。仏教寺院の門の左右に金剛力士像が置かれているが、あの左右の名前が阿形と吽形で「阿吽の呼吸」の語源だとか効いたような気がする。その阿形という名前を聞いた時に、僕の中で「あぎょうさんさぎょうご」が発出したのだ。

 12時過ぎに呪いを執行するためにやってくるのは阿形なんだろうなと思ってしまったのだ。あの厳しい顔つきは、呪いの執行人にはうってつけのように思える。でも、一方では奥に秘められた優しさも感じさせたりする。それは「北斗の拳」のライガとフウガに引っ張られた後付けの印象だろう。

 僕は金剛力士像のことを勝手に「右近と左近」と呼んでいた。右が右近で左が左近と、非常にわかりやすい呼称だ。阿形吽形という名前を知った後も右近左近と呼んでしまう。それは、もしかしたら僕が密かにあの呪いを恐れているからかもしれない。右近だと呪いの執行人とは程遠い気がするし。

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餃子の王将のコップはオシャレだ。このロゴはAC/DCのオマージュだと思う。