僕らの住む世界の矛盾

 涼しくなったなと思って長袖を着ると、なんか蒸し暑く感じたりする。それで出掛けに長袖を脱いでTシャツ1枚で外出すると、肌寒さとバランスの悪さに恥ずかしくなる。で、出先でシャツを買う。そういう時に買った服は意外と実用的というか、やけに重宝するのでヘビロで着倒すことになる。

 普段ほとんど髪型を気にしないのだが、髪の長さが中途半端に伸びていると不潔に見える。清潔さをウリにはしていないが、不潔だと不快感を与えてしまうので、髪が半端な長さの時には帽子を被る。あまり似合わないのだが、不潔頭をさらすよりは多少はマシだ。でも、帽子の中は汗だくになる。

 秋は外出するのにちょうど良い気温の季節だと思うが、僕にとっての適温ではない。いや、以前は快適に感じていたはずなのだが、ここ数年で温度調整機能が落ちたのだろうか。果たしてそんな機能があるのかは知らないが、涼しいと感じているのに頭から汗をかいたりする。体質の変化だろうか。

 ミドルエイジ・クライシスという言葉が頭をかすめる。中年期特有の不安には心当たりありすぎだが、それが体質に影響を及ぼすものなのかは知らない。最近涙もろくなったり、汗が止まらなくなったり、何かと緩んできているようだ。単にビールの飲み過ぎで処理し切れないだけなら良いのだが。

 涙もろさで心配なのは、人前でポロッと泣いてしまいそうな懸念だ。油断すると涙ぐんでしまう。最後に泣いたのは、ラグビーワールドカップの中継を酒場で観ていた時だ。世界の強豪国相手にジャパンが勝つのを観たら、ほとんどのラグビーファンは泣くに決まっている。だから恥ずかしくない。

 こういうちゃんとした場面で泣けるのは、むしろ良いことだと思う。もっと何気ない、些細なことに揺さぶられて泣いちゃうのが問題だ。自分が極端に繊細になっているような、単に弱くなっているような気がする。秋という季節感が、過ぎ去った夏の熱気を懐かしんでおセンチになっているのか。

路上のピクトグラムを見て「寂しそうだな」と泣けてきたら末期症状だろう。