旅立つ君の心に送る

 すべての旅行に焦がれる若者のバイブル、沢木耕太郎の「深夜特急」を居酒屋の学生バイトの男の子に貸した。大学生が読むべき本だと思ったし、僕が学生に渡せるものと言ったらコレくらいしかないと思ったからだ。その彼が、どうやらバイトを辞めてしまったらしい。本を渡してすぐのことだ。

 僕としては、彼が本を読んで旅に出る理由を見つけてしまったから、居ても立っても居られずに飛び出してしまったと思いたい。でも、実際にはバイトを辞めたというより、店主が新たに雇った人間が仕事ができるのでシフトに入る余地がなくなったらしい。結果的にリストラに近い消え方である。

 どんな理由にしても、彼に本を渡したことに後悔はない。彼のような学生が読むべき本だと思ったし、その本を返してほしいとも思っていない。ただ、読んだ感想は聞きたかったような気がする。でも、どこかで「アイツは読まねえかもな」とも思うので、会うたびに急かさなくて済んで良かった。

 その話を、現在の居酒屋の女性スタッフにしたところ「私に貸して欲しかった」と言われた。そんなこと今さら言われても困るが、確かに彼女なら読みそうだし、旅行も好きだと言うから役に立つだろう。でも「深夜特急」は男子学生に読ませたい本なのだ。だから、代わりの本を渡すことにした。

 家の本棚の前に立ち、旅行関連の本や旅情を掻き立てられそうな本を探した。前まで深夜特急が並んでいた場所は、6冊分の空洞になっている。あの6冊があったから、なんとなく旅行関連の本がたくさんあると思っていた。でも、今は無いので、思ったほどは旅行について書かれた本はなかった。

 それでも数冊の本を選んで渡した。これで僕の旅行関連の本の在庫は切れた。僕はそのジャンルの本を今は特に発してないので、補充する気はない。でも、ジャンルを縛って本を探すという行為は楽しかった。今度、古本屋でジャンル縛りで本を探してみよう。どうせなら旅行関連で縛ってみるか。

厚木の山道を走っていたら急に現れた謎の施設だが、無性に旅情を刺激される。