知らない国の音楽

 少しも詳しくないのだが、ある時期からボサノヴァが好きになった。ブラジルの音楽だ。サンバカーニバルなどの賑やかなイメージがあるが、ボサノヴァは優しくて静かな音楽だ。ネットで調べたことを意訳すると、サンバに対しての新しい傾向、いわゆる〈ニューウェイブ〉の意味だと思われる。

 弾き語りか、歌手とギターのようなデュオ形式の演奏が多いように思われるが、シンプルな演奏形態にも関わらずボサノヴァの世界観はゆるぎなく形作られているように感じる。ミニマルな音数が、洗練された印象を抱かせるのかもしれない。そして、ありきたりな表現だが、とても癒されるのだ。

 20代前半まではロックばかり、もっと言えばヘヴィメタル系を中心にしか音楽を聴いていなかった。激しくてエッジが立った音と、強く心を揺さぶる美メロを兼ね備えたロックが好きだった。そんな偏った聴き方をしているうちに、自分は「世界の一部しか知らないんじゃないか」と思えてきた。

 徐々に日本のアーティストも聴くようになり、自分の好みが変わりはじめてくると、それらの曲を聴き「これって何かに似てるなぁ」と遡っていって古い洋楽に行き着いたりする。古い曲にも良いものはあるという、当たり前のことに気づくのだ。そうすると必然的にビートルズにたどり着くのだ。

 ビートルズとメタル、そして日本のアーティストなど、自分が手にしたカードをつなげる中間にもたくさんの名曲、たくさんのアーティストがいる。この音楽地図は「一生かけても埋まらないなぁ」と思った。もう自分の興味の赴くままに聴き続けて、少しでも世界の一部を広げていこうと思った。

 レコード屋に行って各コーナーを見るようになった。ジャンルに捉われずにいろいろ聴こうと思って、店内をくまなく見回していた。僕は端っこから攻めたくなるタイプなので、大型店の最深部から掘ると、そこには大抵〈ワールドミュージック〉が鎮座している。知らない国の音楽に心が躍った。