バリカタ替え玉ラブソング

 ライブやイベントなどは、自粛による延期や中止が相次いでいるが、音楽ファンはいつでも音楽的な体験を欲している。それは、実物のパフォーマンスに限ったことではない。何の気なしに入ったラーメン屋のBGMに心奪われ、以来そのアーティストとラーメンが大好きになるようなことも含む。

 この例えが具体的なのは、そんな経験があるからだ。20代後半の僕は、高校の同級生数人と毎週水曜日に地元の格安居酒屋で飲んでいた。その飲み会の締めに、その頃できたばかりの博多とんこつラーメン屋に行くようになった。普段は気にしないのだが、ある日のBGMが何故か心に刺さった。

 それは、忌野清志郎の「Baby何もかも」という曲で、おそらく当時出たばかりのアルバムを流していたんだと思う。当然のことながら清志郎の声は知っていたし、RCサクセションも好きなバンドだった。でも当時は熱心に追いかけているアーティストではなかったので、意表を突かれたのだ。

 僕の音楽遍歴が一周して、初めて理解できた音楽という気がした。清志郎の好きなオーティス・レディングは、ブラッククロウズのカバー曲をきっかけに聴くようになった。勉強のために聴き始めたサザンソウルの巨人だ。そういう音楽体験の下地があったからこそ、あの日の清志郎が沁みたのだ。

 その曲は、導入はスローなバラードで、遠く離れて会えない恋人のことを歌っているようだ。それが2コーラスめのサビ終わりに突然アップテンポに変わる。急き立てるように「君のことを知りたい、何もかも」と叫ぶラブソング。酔っ払ってラーメンを食べながら、カウンターの端っこで涙した。

 たぶん、単純にライブに行ってもこういう感動は得られないように思うのだ。もちろんライブの感動は、それはそれとしてある。現場にしかない楽しさと、その場でしか感じられない特別な共感はこれからも追い求めたい幻想だ。でも、単なる試聴機での音楽体験でも忘れ難い時はたまにあるのだ。

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物言わぬ看板も、これだけ乱立するとうるさい。無言のメッセージを感じる。